ペドロ・パラモ /フアン・ルルフォ

・形式

小説、長編

 

 

・あらすじ

ペドロ・パラモという名の、顔も知らぬ父親を探して「おれ」はコマラに辿りつく。しかしそこは、ひそかなささめきに包まれた死者ばかりの町だった……。生者と死者が混交し、現在と過去が交錯する前衛的な手法によって紛れもないメキシコの現実を描き出し、ラテンアメリカ文学ブームの先駆けとなった古典的名作。

 

・収録話数

全70挿話

 

・初出

1955年

 

 

・刊行情報

ペドロ・パラモ(岩波文庫)

1992年10月16日

 

・翻訳者

杉山晃、増田義郎

 

・読了日

2017年2月18日

2017年8月19日

 

・読了媒体

ペドロ・パラモ(岩波文庫)

第7刷

 

・感想メモ

ペドロ・パラモ気になって読み返したけど、今年読んだ中でクッツェーのマイケル・Kと並ぶ良さ。たぶん人生でも海外文学トップ10に入るくらい良かった。視点変換と場面転換の多用、突然挿入される母の語り、説明も少なく、熱心に読んでいくことが求められるが、最終盤の文学的感動はそうそうあるものではない。

 

 

とにかく読みにくいのは間違いない。短い章や挿話が続いていく中で、登場人物は何人も唐突に現れて消えていくし、終盤になって再登場したりするし、慣れないスペイン語名でもありさらに覚えにくい。視点も突然飛ぶし、語られる場面も時代を超えてあちらこちらへと飛んでいく、舞台や人物について説明してくれるわけでもないし(詳しく説明してくる小説は苦手だけどそれにしても少ない)、作中の時間経過も短めの長篇小説にしてはかなり長い。

 

 

正直、ウルフのダロウェイ夫人や、リョサの緑の家などを読んでいなかったら、放り出していたかもしれない。短い章が続いていく形だったので何とか読み終えると、解説の説明で全体像を理解しつつ2回目を、さらに時間を空けて3回目を読み終えた。その結果確かにこれは傑作に間違いないと確信することになった。

 

 

ペドロ・パラモは女性関係も派手だし、仲間も多い。しかしスサナに対するときの孤独さ、寂寥感はその彼のイメージからかけ離れたものだ。僕もこの小説をガルシア=マルケス、ボルヘスといったラテンアメリカ文学から経由して読むことになったが、その読了感、とくにペドロ・パラモがスサナを見送る最後の場面の霧と風と光のイメージ、それはガルシアマルケスの『百年の孤独』や「大佐に手紙は来ない」を読んだときと寸分たがわぬ強烈なものだった。(2017.08.20)

 

 

一度読んだだけでは理解できないかもしれないし、二回読むのは面倒かもしれない。でもこの小説は海外文学ならマイベスト5に入るくらい好きだ。(2017.10.22) 

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