「風の歌を聴け」の年表

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※もはやネタバレ以外の何ものでもないです。未読の方はご注意下さい。

1909   デレク・ハートフィールドが生まれる。(156p)
1930   ハートフィールドの5つ目の短編が「ウェアード・テールズ」に売れる。
1931   デレク・ハートフィールドが月間7万語ずつ原稿を書く。(156p)
1932   デレク・ハートフィールドが月間10万語ずつ原稿を書く。(156p)
1935   デレク・ハートフィールドが月間15万語ずつ原稿を書く。(156p)
1936   デレク・ハートフィールドが「気分が良くて何が悪い?」を執筆。(10p)
1937   デレク・ハートフィールドが「虹のまわりを一周半」を執筆。(122p)
1938   デレク・ハートフィールドの母親が死亡(157p)
1938/6  デレク・ハートフィールドが飛び降り自殺。(9p)
1945/8/17 <僕>の叔父の1人が上海の郊外で死去(10p)
1948/12/24<僕>が生まれる(154p)
1963   <僕>が初めて女の子とデートする。(94p)
1963 春 <僕>は三ヶ月かけてしゃべりまくる。(32p)
1963/7  <僕>が40度の熱を出し、三日学校を休み、平凡な少年になる。(32p)   
1963/8  <僕>が持っている唯一の「三番目に寝た女の子」の写真が撮影。(100p)
1963 夏 <僕>がハートフィールドの最初の一冊を手に入れる。(10p)
1964   この年以降、ジェイ<僕>の街に留まる。(150p)
1965   「小指のない女の子」の父親が脳腫瘍で死去。(80p)
1966   <僕>に本を渡した叔父が腸癌で死去。(10p)
     <僕>が高校のクラスメートと寝る。(74p)
1967   <僕>と<鼠>が大学に入学。(18p)
1967 春 <僕>と<鼠>が初めて出会う。(18p)
1968   <僕>の兄、アメリカへ。(103p)
1969   <僕>が牛を解剖。(134p)
1969 夏 <鼠>が本を読んだ最後の機会だと語る(23p)
1969/10  <僕>が最後に嘘をついたときと語る(131p)

1970年、夏。(作中の世界)
   
1970 冬 <僕>が街に帰る。(154p) 
1976/12/24<鼠>が<僕>に「カラマーゾフの兄弟を下敷きにしたコミックバンド」の小説を               送る。(154p)
1977/12/24<鼠>が<僕>に「精神病院の食堂に勤めるコック」の小説を送る。(154p)

作中前後の年表はこれで、たぶん合っていると思います。それにしてもなんでこんな多いんだ・・・。なんで作中の時期をとばしているかは、これから説明します。

時期が合わない、年表できない。

これは、加藤典洋という方が「村上春樹イエローページ」で既に研究されたことで、それをさらっとでも読んでしまった僕がこの矛盾を書くのもどうなのかな~と思うんですが、村上春樹の全作品の年表をつくりたいし、(誰かが作っていそうなものですが)この小説はこんなことも隠されているということを知ってもらう手助けになればと思って、書いていきたいと思います。

四部作のうち「羊をめぐる冒険」までは読んだんですが、何年に何があったというのが把握しにくいので、その確認のために記録しておきたいですし、この矛盾を自分で確認すると何か嬉しくなります。

まず、作中の時期です。

この話は1970年の8月8日に始まり、18日後、つまり同じ年の8月26日に終る。(13p)

とのこと、なのでカレンダーで確認してみると(ネットは便利ですね)、1970年の8月8日は土曜日です。つまりこの日というのは、DJが<僕>宛のリクエストを読んだ日です。(57p)で、その三日後に<僕>宛にTシャツが送られてきます。(62p)つまり8月11日です。そしてその翌日に、<僕>は、「小指のない女の子」と再会し、レコードを買います。(64p)8月12日です。

そして<僕>はジェイズ・バーで<鼠>にレコードをプレゼントします。特に何日とは書いていないんですが、最短のケースで渡したとして、8月12日に渡したとします。参考になるのが次の台詞。

「みんな寂しがってたわ。一週間も来ないのは体の具合が悪いんじゃないかってね。」(72p)

この時点で、作中は20日(19?)になっています。翌日(21日)、<僕>と「小指のない女の子」と食事します。(85p)そこで彼女の言ったこと。

「明日から旅行するの」
「何処に?」
「決めてないわ。静かで涼しいところに行くつもりよ。一週間ほどね」(94p)

そして彼女は、一週間ほどで帰ってきます。その日のうちの会話。

「いつ東京に帰るの?」
「来週だね。テストがあるんだ。」(136p)

彼が帰るのは8月26日です。(150p)カレンダーを見てもらうと分かるんですが、8月26日の前の週は8月16日~22日です。どう考えても、一週間ほど足りません。わかりにくくてすいませんが、上手く説明できません。

普通に考えたら、22日から一週間ほど旅に出るので、29日に「小指のない女の子」は帰ってきて、上に引用した136pの会話をすることになります。明らかに矛盾しています。

村上春樹がただ単に勘違いした、ということも考えられますが、そんな単純なミスとも考えつかないし、編集の人も気がつきにくいとはいえ、指摘しそうな点でもあります。

年表は日にちが確実なものだけにしておきます。

1970/8/5 ジェイズ・バーの洗面所で寝転がっている「小指のない女の子」と出会う。
1970/8/6 <僕>、「小指のない女の子」の家で目覚め、女の子とやりとりする。(32p)
1970/8/8 「風の歌を聴け」の始まり(13p)
        DJ、<僕>宛のリクエストを読む。(57p)
1970/8/11 <僕>宛にTシャツが送られてくる。(62p)
1970/8/12 <僕>、「小指のない女の子」と再会し、レコードを買う。(64p)
この間に、<僕>、レコードを<鼠>にプレゼントする。(68p)
1970/8/22 DJが入院しているリスナーからの手紙を紹介する。(146p)
1970/8/26 「風の歌を聴け」の終わり(13p)
        <僕>が帰京する。ジェイズ・バーに顔を出す。(150p)

それにしてもなんでこんなに、何年かを特定できるようにかかれているものが多いんでしょうか。正直言って、この小説の期間である二週間半以外の部分についてこんなに書かれているとは思いませんでした。

一番上の車。丸っこくてかわいらしいんですが、<僕>と<鼠>はこれで公園に突っ込んだらしいです(色は黒)。