『1973年のピンボール』村上春樹の感想

小説

『1973年のピンボール』 村上春樹著/講談社文庫

【内容】

さようなら、3フリッパーのスペースシップ。さようなら、ジェイズ・バー。双子の姉妹との〈僕〉の日々。女の温くもりに沈む〈鼠〉の渇き。やがて来る1つの季節の終わり――『風の歌を聴け』で爽やかに80年代の文学を拓いた旗手が、ほろ苦い青春を描く3部作のうち、大いなる予感に満ちた待望の第2弾。

【著者紹介】

村上春樹

京都府京都市に生まれ、兵庫県西宮市・芦屋市に育つ。早稲田大学第一文学部演劇科卒、ジャズ喫茶の経営を経て、1979年『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞しデビュー。当時のアメリカ文学から影響を受けた乾いた文体で都会生活を描いて注目を浴び、村上龍とともに時代を代表する作家と目される。

【感想】

僕にとっての村上春樹の小説は、この〈僕〉と〈鼠〉から始まりました。初めて読んだ彼の作品が、『風の歌を聴け』だったのです。その後は「海辺のカフカ」、「ねじまき鳥クロニクル」と長編を読みました。これらの作品を読むことは僕にとって楽しかったのは言うまでもありませんが、同時に大変さを含んでいたのも事実です。

『風の歌を聴け』は細かく場面が分かれており、そのことは僕を混乱させましたし、その後の2作品は難解さにその長さが相まって読むのに長い時間を要しました。速く読むことは大切だとは思わないし、長く作品を味わいながら読むことも重要ですが、僕の場合は味わうというよりは、読み始めたからにはという義務感が付きまとっていた気がします。

やはりある作家の作品を通読しようと思ったときには、デビュー作から順番に読んでいくのが良いと思いました。その思いは以前からあったのですが、本作でその思いはいっそう強くなりました。なぜなら僕は初めて彼の作品を心から楽しめたからです。

前作、『風の歌を聴け』(作中1970年)から3年が経過し、〈僕〉は共同経営者と一緒に働き始めます。〈鼠〉は未だにバーに通っています。

双子は表裏一体?

「例えば?」と僕は訊ねてみた。
「右と左」と一人が言った。
「縦と横」ともう一人が言った。
「上と下」
「表と裏」
「東と西」
「入口と出口」僕は負けないように辛うじてそう付け加えた。二人は顔を見合わせて満足そうに笑った。(13p)

作品の冒頭、〈僕〉と双子の姉妹が出会った時の会話です。右とか左とか名前としてどうなんだ・・ということは置いておいて、しかしこれらの言葉は双子の名前としては不適応な気がします。

双子の名前にしては、意味の真逆の言葉たちが候補に挙げられているからです。しかしこの中で、〈僕〉の言った「入口と出口」だけは他のものとは異なると言えるかも知れません。コンビニだとか小さな規模の店ならば、その2つは同じものだからです。もしくは表裏一体という四字熟語もありますがどうでしょうか。

鼠の姿

物事には必ず入口と出口がなくてはならない。そういうことだ。(15p)

上の引用からわずか2ページで、こんな言葉が登場します。その間には鼠取りにかかって死ぬ鼠の姿が描かれています。前のページでは対義語が書かれていますから、物事には必ず入口と出口がなくてはならないということは、「生と死」を思いうかべられます。ここで死んでいるのが「鼠」だということも印象的です。

直子

『ノルウェイの森』の登場人物ですか?

〈僕〉と〈鼠〉

交互に語られていく彼らの物語は、まるで別です。別の人物を描いているということでの意味ではなく、まるで夢と現実のようなのです。〈僕〉は双子の姉妹と不思議な同居生活を続けていますが、それにしたって現実的ではないように思います。配電盤を点検に来た彼がまさに現実的です。

ですが、対する〈鼠〉はまるで現実的。嫌になるほどです。大学を辞めてからは何となく暮らし、女性との関係にも表れていますし、ジェイにぼやくこともあります。何より、〈僕〉の物語では3年の経過を感じられるのに、〈鼠〉の物語では時の経過を感じられません。

「ねぇジェイ、人間はみんな腐っていく。そうだろ?」(136p)

「それでも人は変り続ける。変ることにどんな意味があるのか俺にはずっとわからなかった」鼠は唇を噛み、テーブルを眺めながら考え込んだ。「そしてこう思った。どんな進歩もどんな変化も結局は崩壊の過程に過ぎないんじゃないかってね。違うかい?」(137p)

最後の一文を読み終わったとき、僕は安堵しました。〈僕〉と〈鼠〉と双子の姉妹が死ななかったからです。

・形式

小説、長篇

・あらすじ

僕たちの終章はピンボールで始まった
雨の匂い、古いスタン・ゲッツ、そしてピンボール……。青春の彷徨は、いま、終わりの時を迎える。

さようなら、3(スリー)フリッパーのスペースシップ。さようなら、ジェイズ・バー。双子の姉妹との<僕>の日々。女の温もりに沈む<鼠>の渇き。やがて来る1つの季節の終り――デビュー作『風の歌を聴け』で爽やかに80年代の文学を拓いた旗手が、ほろ苦い青春を描く3部作のうち、大いなる予感に満ちた第2弾。

・収録話数

1969-1973

ピンボールの誕生について

全25章

・初出

群像、1980年3月号

・刊行情報

1973年のピンボール(講談社)

1980年6月

1973年のピンボール(講談社文庫)

1983年9月15日

・受賞歴、ランキング

第83回芥川龍之介賞候補(文藝春秋、1980年9月号)

・読了日

2009年2月27日

2014年9月16日

2015年10月31日

・読了媒体

1973年のピンボール(講談社文庫)

第21刷