『ハリガネムシ』吉村萬壱

小説

『ハリガネムシ』 吉村萬壱著/文藝春秋

・内容

吉村萬壱はデビュー作『クチュクチュバーン』において、個体としての人間が他の生命や物質と同化・変態し、巨大な集合体の中に溶け込んでいくプロセスを通して、人類進化の壮大なビジョンを初期筒井康隆の作品世界を彷彿(ほうふつ)とさせるグロテスクかつドタバタふう筆致によって描き上げた。芥川賞受賞作『ハリガネムシ』において、吉村は物語の舞台を近未来から現代(1980年代後半)へ移すとともに、前作において顕著だった暴力と破壊のテーマをさらに発展させ、それらをひとりの人間の内に発する過剰な欲望のありようとしてリアルに表現することに成功している。

物語の主人公は、高校で倫理を教える25歳の平凡な教師中岡慎一。アパートで独り暮らしをする慎一の前に、半年前に知り合った23歳のソープ嬢サチコが現れる。サチコは慎一のアパートに入り浸り、昼間は遊び歩き、夜は情交と酒盛りの日々を送る。サチコの夫は刑務所に服役中で、ふたりの子どもは施設に預けたままだが、詳しい事情は明らかでない。慎一はサチコを伴い車で四国に旅立つが、幼稚な言葉を使い、見境なくはしゃぎまわり体を売るサチコへの欲情と嫌悪が入り交じった複雑な感情は、慎一の中で次第に暴力・殺人願望へと変容していく。慎一は、自身の中に潜在する破壊への思いを、カマキリに寄生するハリガネムシの姿に重ね合わせる。

カマキリの尻から悶(もだ)え出る真っ黒いハリガネムシ、風呂屋の洗い場でロゼワイン色の血尿を放つ男、奇っ怪な叫び声をあげる登場人物など、グロテスクな人物や不穏なイメージに彩られた本作は、すべての読者に平等に支持されるものではないかもしれない。しかし、人間の内に発する欲望や衝動をありのままに記述していこうとする吉村の作家としての姿勢は実直なものであり、倫理的であるとさえいえる。

人間の本性として備わる「欲望」の本質に鋭く迫った問題作である。

第129回芥川賞受賞作。客として知った風俗嬢と再会した時から高校教師「私」は<異界>に踏み込んで行く……驚愕、衝撃、センセーショナルな中に不思議なユーモアとモラリストの眼差しが光る傑作小説。

・感想

読中感も読後感も気持ち悪い、の一言に尽きる。平凡なというか融通の利かない、そして到底共感できない男が、どのようにして成り下がっていくかという作品なのだろうが、その過程で当人はそれに気が付いていないという点に疑問を持った。歯磨きのようにしなければ気持ち悪い、日課の日記を書くことを無意識に数週間も忘れることはできないだろう、と思えてしまう。

壁の穴。今までは外から、内にいる「堕落した」者を見ていた。それなのに上記の後は内に入る。これも人間の堕ちていることを表しているのだろうが。

欲望、それは自分のこれをしたいという思い、本作の後半及び終盤に描かれた主人公のその我々が忌み嫌うような姿は、人間の本来の姿である、そんな自身の読みを私は否定したい、だがそうであるからこそ、本作はある意味正しいと言えるのかも知れない。

けれど、だから何だ。そういいたくなる作品だ。

第129回芥川龍之介賞受賞

・収録話数

・初出

文學界、2003年5月号

・刊行情報

ハリガネムシ(文藝春秋)

2003年8月

ハリガネムシ(文春文庫)

2006年8月

・受賞歴、ランキング

・読了日

2008年6月8日

・読了媒体

ハリガネムシ(文藝春秋)

・感想メモ

石原慎太郎の選評、「読む者を辟易させながら引きずっていく重い力がある」の通り、僕も読みながらドン引き、顔をしかめながらも最後まで読むことはやめなかった。まったく僕の好みではなかったが、最後まで読ませる力は間違いなくあった、しかも退屈することもなかった。(2017.10.15)