『となり町戦争』三崎亜記の感想

小説

『となり町戦争』 三崎亜記著/集英社

・内容

天才現わる!? 見えない戦争を描いた衝撃作。
ある日届いた「となり町」との戦争の知らせ。だが変わらぬ日常に、僕は戦時下の実感が持てないまま。それでも“見えない”戦争は着実に進んでいた。「清澄な悪夢」「傑作」と選考会騒然の衝撃作! 第17回小説すばる新人賞受賞作。

僕は町役場から敵地偵察を任ぜられた。だが音も光も気配も感じられず、戦時下の実感を持てないまま。それでも戦争は着実に進んでいた―。シュールかつ繊細に、「私たち」が本当に戦争を否定できるかを問う衝撃作。

・感想

本作は、戦争を公共事業として扱った意欲作である。主人公は、ある日役所の広報で開戦を知る。そして、戦争に参加することになる。とはいえ、銃火器を使用した実戦に参加するというわけではない。偵察業務を行うのみである。

本作で行われる戦争では最終的には250名ほどの人が戦死してしまうらしいのだが、実戦を描かず、広報でその状況を知らせるのみというやり方は、偵察員である主人公の視点からすれば非常に現実的であると言えるのだが、読者である私にとっては物足りない。その250人の中には主人公と関わりを持つ人もいるのだが、感動も何も覚えない。

けれど、最後の主人公と香西さんが話すシーンでは、主人公が感じた痛みを多くの読者も感じたことだろう。生きている人間との別れでこれだけの悲しさを書けるなら、なぜ死ぬ人間との別れの悲しさを書かなかったのか。そればかりが残念だ。

本作では、一つの矛盾が描かれている。戦争=戦うこと=悪としている社会。そんな社会がつくった映画や物語の中で「正義」は武力を持って相手を倒している。極論ではあるがその矛盾は、「ポケットモンスター」でも描かれている。ポケモンでは強者=勝者という図式が成り立っている。また、強敵と戦ったときにポケモンが倒れたら、主人公は「気合いでがんばれ」と言い、その声を聞いたポケモンは立ち上がり敵を倒す、という展開を幾度と無く見たことがある。それは、戦局が悪化すると「日本人には大和魂がある。気合いで敵を倒せ」と兵を鼓舞した大日本帝国と酷似してはいないだろうか。(繰り返すが、あくまで極論である。ポケモンを否定するわけではない。)

「これが戦争だ」という一点で共通した2人。彼らにとって戦争とは、何だったのだろうか。到底受け入れることのできないものだったのか。抵抗できないものだったのか。自分から何かを奪っていくものだったのだろうか。それは戦争を実体験していない著者なりに、言いたいことがあったのだろうが、なにか勘違いしているのではないかという気持ちがした。戦争とはこんなふうに語り合える(共感しあえる)ものではない。公務に「性的な欲求処理」という項目があり、それを実行しているのも、まるで従軍慰安婦を肯定しているようで気にくわない。「他の国では、戦争の現実が知られている。日本でのみ若者にうけいれられる物語か。」という直木賞選考での津本陽氏の評言に共感するばかりだ。

本作を通して日本社会に警鐘を鳴らしたかったのかもしれない。本作における戦争が、侵攻戦争か、防衛だったのかは分からない。しかしそのどちらにしても、市民はただ一方的にその事実のみを告げられ協力させられる。作中ではあくまで公共事業としての扱いに留まっているため、協力は強制ではなく、任意によるものである。しかし実際はそんなことはいっていられない。

主人公は戦争に従事したのだろうか。実際にも一兵士からすれば全容を知れないことは明白である。しかし肝心の日本の読者のほとんどは戦争を知らない。それが本作が賞賛された一因になってしまっている気がしてならない。

第17回小説すばる新人賞受賞
第133回直木賞候補

・形式

小説

・あらすじ

現代的戦争の恐怖。
ある日、突然に始まった隣接する町同士の戦争。公共事業として戦争が遂行され、見えない死者は増え続ける。現代の戦争の狂気を描く傑作。小説すばる新人賞受賞作品。

・収録話数

・初出

小説すばる、2004年12月号

・受賞歴、ランキング

第17回小説すばる新人賞(小説すばる、2004年12月号)

三島由紀夫賞候補(新潮、2005年7月号)

第133回直木三十五賞候補(オール讀物、2005年9月号)

・読了日

2008年2月24日

・読了媒体

となり町戦争(集英社)

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