・形式


 小説、長篇


 



・あらすじ


破滅への衝動を持ちながらも“恋と革命のため"生きようとするかず子、麻薬中毒で破滅してゆく直治、最後の貴婦人である母、戦後に生きる己れ自身を戯画化した流行作家上原。没落貴族の家庭を舞台に、真の革命のためにはもっと美しい滅亡が必要なのだという悲壮な心情を、四人四様の滅びの姿のうちに描く。昭和22年に発表され、“斜陽族"という言葉を生んだ太宰文学の代表作。



敗戦後、元華族の母と離婚した“私”は財産を失い、伊豆の別荘へ行った。最後の貴婦人である母と、復員してきた麻薬中毒の弟・直治、無頼の作家上原、そして新しい恋に生きようとする29歳の私は、没落の途を、滅びるものなら、華麗に滅びたいと進んでいく。戦後の太宰治の代表作品。


 



・収録話数


 



・初出


 新潮、1947年7月号~10月号


 



・刊行情報


斜陽(新潮社)


1947年12月15日


 


斜陽 (新潮文庫)


2003年5月


 



・読了日


2008年10月22日


 



・読了媒体


 斜陽 (新潮文庫)


 



・感想メモ


これは間違いなく没落の物語であるだろうということは、読後すぐに理解できたのは言うまでもないことです。ですが僕はそこに至る、つまりは没落していく途中の描写よりも、冒頭及び引っ越した伊豆の別荘でのかず子と母の美しいやりとりばかりが思い出されてしまうのです。


 



家族からも、「ほんものの貴族」と称された母。丁寧な文体と合って、その母とかず子のやりとりは非常に微笑ましいものです。かず子の一人称で進んでいく本作の、母に対して使われる敬語は尊意にあふれた、揺るぎないものです。


 



しかしその雰囲気も、弟・直治の復員から一変してしまいます。特にかず子が直治の手記を見たところからです。


 



そこから、没落がはじまります。


 



当時、これは珍しいことだったのか、それは私には分かりませんが、例えば山本五十六海軍大将・連合艦隊司令長官の妻礼子は闇市でたたき売りをして生活費を確保したとか。当時の厳しい状況は志賀直哉の「灰色の月」にもあるとおりです。しかし、斜陽族という言葉が生まれるような背景があったのならば、やはりそのような人が多くいたのでしょうか。


 


かず子と直治について



かず子と直治は対極です。貴族であるとした直治は、いわば会社を辞めてしまった過去の上司なのです。しかし、その一方でかず子のようにそうも出来ない者もいたのです。そうなると、部下との関係の改善を図る中で、寧ろその部下より、下の立場になってしまったんでしょうか。




こいしいひとの子を生み、育てる事が、私の道徳革命の完成なのでございます。




一般には、上原に太宰治が投影されているという読みが普通なんでしょうが、直治にこそ太宰治が反映されていると、僕は思います。戦い続けていくことを上原に対する手紙の中で述べ、生きていく決心をするかず子。しかし直治は貴族であることを宣言し自殺してしまいます。太宰自身も入水して一生を終えました。人によりその形は自ずと違ってくるでしょうが、とすれば彼は自分の身に革命を起こすことが出来なかったのです。(2008.11.06)