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本の情報ブログ 火の秋のモノガタリ

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整形前夜 /穂村弘

・形式

エッセイ、短歌

 


・あらすじ

人生はぴんとこない戦いの連続だ。
人気歌人・穂村弘の頭からあふれ出す、思索のかけらを集めたエッセイ

 

だが、と私は思う。日本女性の美への進化もまだ完璧ではない。例えば、踵(かかと)。あの踵たちもやがては克服され、「おばさんパーマ」のように絶滅してゆくのだろうか。かっこ悪い髪型からの脱出を試み、大学デビューを阻む山伏に戦(おのの)く。完璧な自分、完璧な世界を強く求めながら、平凡な日常の暴走に振り切られる生ぬるき魂の記録。

 


・収録話数

 全74回

あとがき

 


・初出

非エレガンスのドミノ倒し

ku:nel、2006年3月号

 

七三からの脱出

髪型との戦い

男の証

素敵男子への第一歩

映画と現実

もうひとつの時間

女たちが消える日

愛し合える身体

普通列車「絶望」行

京都の学生になりたい

東京のバリア

美への進化

してはいけない恋なんて

一発逆転への挑戦

「うずまき」の肌

FRaU、2005年5月5日号~2006年12月5日号

 

著者近影

そんな筈はない

共感と驚異

共感と驚異・その2

共感と驚異・その3

〆切

本を読むひと

タイトル・その2

サイン会

ヤシンデ

本を贈る

デッドライン

定量制

最適外出本

書き出し

作品予知

「読書」の謎

生身問題

古本と「差額」

シガレット香

書評

表現の痕跡

言葉と「私」

言葉の迷宮(低次元バージョン)

「変」になる

言語感覚

言語感覚・その2

言語感覚・その3

本の雑誌2006年1月号~2009年4月号

 

檸檬の記憶

an・an、2007年6月20日号

 

はじめての本

COYOTE NO.11

 

好き好きセンサー

群像、2006年12月号

 

他者の心の謎

絶体絶命

絶体絶命・その2

ホテルとの戦い

20分の3の恐怖

短時間睡眠への憧れ

毎日新聞2006年7月22日付~2006年9月19日付

 

整形前夜

裸足で来やがって

PHPスペシャル、2008年11月号、2008年7月号

 

逸脱者の夢

野生時代、2008年10月号

 

来れ好敵手

光文社文庫 江戸川乱歩全集第28巻『探偵小説四十年(上)』

 

1981年の「山伏」

おとなしい動物のような車たちの世界

サッポロビールホームページ

 

いちばん恥ずかしかったこと

小説新潮2005年12月号

 

トマジュー

望星、2008年5月号

 

透明な夏

産経新聞2008年7月21日付

 

思春期の薬

KAWADE道の手帖 倉橋由美子2008年11月号

 

自意識トンネル

本を選ぶほん 中学校用カタログ

 

裏返しの宝石

yom yomヨムヨム、2006年12月号

 

濁った色

歌壇、2007年4月号

 

感性

恋への挑戦

読売新聞、2008年5月27日付、2007年4月11日付

 

ふたつの人生が混ざる場所

東京のおさぼりマップ

 

異変への愛

ポプラ文庫 江戸川乱歩・少年探偵シリーズ(10)『宇宙怪人』

 

アロマテラピー

小説現代、2007年2月号

 

グアムとの戦い

小説宝石、2006年1月号

 

引っ越しと結婚と古本屋

おに吉、2005年10月号

 

二十一世紀三十一文字物語

花椿、2007年8月号

 


・刊行情報

整形前夜(講談社)

2009年4月

 

整形前夜(講談社文庫)

2012年7月13日

 


・読了日

 2017年11月22日

 


・読了媒体

 整形前夜(講談社)

 


・感想メモ

本書は日常についてのエッセイと、本や言葉についてのエッセイ、その2種類のエッセイが収められている。とても読みやすくおもしろいし、毎回収められている短歌はどれも素晴らしいものばかりだ。個人的に好きな近藤芳美のものがあって嬉しかったりもした。僕は小説を読む人だし、書く人なので、本や言葉についてのエッセイを興味深く読んだけれど、日常についてのエッセイだって充分楽しめた。それはこのエッセイ集の言葉が非常に管理されたものだからだと思う。筆者はそんなことないと本文中で謙遜しているけれど、そんなことはない。だって文中に使われている言葉を見るとけっこう難しい言葉もあったりするのに、文章自体は平易なものだからだ。これはトレーニングしないと身に付かない。

 

言葉や本の話

 

冒頭にもの哀しいような、かっこ悪いような、筆者の言葉を使うと「貧乏くさい」話が続いたので、なんだか寂しい気持ちを抱きながら読み始めたけれど、一転言葉や本の話はなるほどなるほどと頷いた。

 

私はたぶん倉橋作品のなかの或る匂いだけに反応していたのだと思う。

 

これなんか、僕が大江健三郎や伊坂幸太郎の小説をある時期を境にして読まなくなってしまったのと一緒だと思った。大江が「牧歌的な少年たちの作家」でなくなり伊坂が「第二期」に入ったときのことだ。

 

 

あと上に書いた「非常に管理されて」で言えばこの文もそうだ。「なかの」はひらがなで「或る」は漢字になっている。そして「匂いにだけ」ではなく「匂いだけに」。「中のある匂いにだけ」でも文章は通じるしそう書く人も多そうだ。でも筆者はその辺りを意識して区別している。

 

共感と驚異


もうひとつ興味深く読んだのは。3話を使って書かれた「共感と驚異」についての話だ。「詩や短歌」、「純文学」、「エンタテイメント」に関連付けて書かれている。

 

生の時間が進むにつれて高まる「共感」とは人間の生存本能の一種だと思う。(引用者中略)それに対して、世界を覆そうとする「驚異」志向は個の生存に対しては不利に働く。

 

僕は「共感」なんかどうでもいいくらいに思っている人なのでこの3話は読んでいて楽しかった。ここでいう「驚異」は「真実」とも「世界」とも言えてしまう言葉だと思う。三島由紀夫なら「世界解釈」になるだろうか。そんな圧倒的な存在の前では「共感」というのは一番にこないものぐらいに僕は考えている節がある。でもそんなの小説や詩、和歌を書いている人の考えで、読んでいるの人から「どうでもいいよ」と言われればそうかもしれないとも思う。(2017.11.22)