本の情報ブログ 火の秋のモノガタリ

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審判 /フランツ・カフカ

・形式

 小説、長篇、未完、裁判

 


・あらすじ

銀行員ヨーゼフ・Kは、ある日突然逮捕される。彼には何ひとつ悪いことをした覚えはない。いかなる理由による逮捕なのか。その理由をつきとめようとするが、確かなことは何ひとつ明らかにならない。


原題のドイツ語「プロツェス」は英語のプロセス、「訴訟」とともに「過程」をも意味する。罪を犯した覚えのないのに逮捕された男が、自分の罪を捜して歩く。とどのつまりは処刑の一夜にいきつくまでの過程が語られる。


主人公の日常に、身に覚えのない「罪」が入りこみ、銀行員としての生活が微妙に変化し崩れていく。なんともおかしな状況に陥った人間の、なんともおかしな日常を、カフカは笑いをこらえるようにして書いていった

 


・収録話数

 


・初出

一部挿話を除き生前未発表

 


・刊行情報

「Der Process」

1927年(1914年-1915年執筆)

 


・翻訳者

原田義人 

 


・読了日

2009年2月1日

 


・読了媒体

 審判(新潮文庫)

 


・感想メモ

カフカの「審判」を読みました。

 


なんか、分かりません。

 


個人的には、「判決」と「流刑地にて」を足したような作品だったような気もするんですが、分かりません。

 

ネットサーフィンをしてみて

 

画家ティトレリのベットに隠されているドアが、事務局につながっているのは、「不思議の国のアリス」を彷彿とさせます。

→そういえば、叔父がマリオがキノコをとると大きくなるのは、「不思議の国のアリス」がそうだからって言っていたんですが本当でしょうか。すいません、関係ないです。

 

道端で出会った人が、自分の名前を知っている。自分が裁判にかけられていることも知っている。
そんな状況は、普通に考えて明らかにおかしい。
しかし、おかしいことが説明もなしに続いていくと、だんだんそれに慣れて受け入れ、疑問に思わなくなってしまう。それが怖い。

→芸能人が道を歩いていて何も無かったら、サインを求められないのを不思議に思うようなものでしょうか?自分が芸能人で普段道を歩くたびに声を掛けられていたら、声を掛けられないときは不思議に思うかもしれません。でも、少し傲慢な話です。

 

『審判』執筆に挫折しかけていた際…

→最後に、30pほど断章が付録としてついています。最後の第11章で場面がいきなり飛んでいるような気がします。

 

いわゆる冤罪の話です。

→それは違うんじゃないですか?

 

『審判』は完全に成功した作品だと、ぼくは言える。…………カミュ

→理由は書いてありませんでした。そこを知りたいのに。

 

そして、この無限に続いている不条理の連続は、作者であるカフカ自身の境遇そのものを反映しているとは、必ず言われる話でもある。

→カフカが温厚な人物で、勤務態度も良い紳士であること、もしくはユダヤ人であったことが関係しているんでしょうか。「作家論」の観点から話をすることは、あまり得意ではありません。しかしカフカの場合、それは重要なことです。

 

ヨーゼフ・Kの自意識、あるいは理性がからまわりしている様子は、漱石「行人」の一郎を思い起こさせた。

→「行人」は読んだことがありません…

 

身のまわりの煩わしさを吐き出すために裁判所という場所を設け「審判」を自分に受けさせることで不安を食い止めようとしたカフカ・・不安と孤独が人生観の一部だったという彼は、とにかく書かずにはいられなかったのかもしれません。

→確かにそうなのかも?

 

ありそうもない説明、問題の中心をとりまく周縁地域をひたすらぐるぐると回り続ける。そうして問題の本質は、いつまでたっても明らかにならない。読んでいる方はつねにはぐらかされてしまうようで非常に不安になる。それがカフカの狙いか。


しかしその迷路のような文章を、ひたすら読んでいくと、なにか説明はできないような感じではあるが、ある種の感動がある。不思議な文章である。こうしてカフカ独特の宇宙が作り上げられていく。

 →周辺地域をひたすら歩いているという感覚はありました。というかヨーゼフ本人が裁判に対して、深刻だというような発言をしていても、そういう意図を感じないと言うか、どこか楽観的な雰囲気さえします。

 

 

やっぱりよくわかりません。(2009.02.01)

 

 

カフカの「審判」を今では「現代人の所在の不安定さを描いた作品」と考えている。「現代人の所在」は社会不安や経済不況、戦争といった対外的、社会的な要素で安定を失い疎外される。また自身の精神的な混乱、認識の変化といった内的な要素でも安定を失う。そのような状況を描いたものだと考えている。

 

 

海外の出版社がカフカをコメディに分類していることには理解を示しつつも違和感を振り払えないが、その分類でいえば「審判」はとんでもないブラックコメディだと言える。(2017.11.25)