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リンさんの小さな子 /フィリップ・クローデル

・形式

小説、中篇

 


・あらすじ

戦禍の故国を遠く離れて、異国の港町に難民としてたどり着いた老人リンさんは、鞄一つをもち、生後まもない赤ん坊を抱いていた。まったく言葉の通じないこの町の公園で、リンさんが知り合ったのは、妻を亡くしたばかりの中年の大男バルクだった。ところが…。現代世界のいたるところで起きているに違いない悲劇をバックにして、言語を越えたコミュニケーションと、友情と共感のドラマは、胸を締め付けるラストまで、一切の無駄を削ぎ落とした筆致で進んでゆく。ベストワン小説『灰色の魂』の作者が、多くの読者の期待にこたえて放つ傑作中篇。フランスと同時に刊行される最新作。

 


・収録話数

 


・初出

 


・刊行情報

リンさんの小さな子(みすず書房)

2005年9月17日

 


・翻訳者

 高橋啓

 

 
・読了日

 


・読了媒体

 リンさんの小さな子(みすず書房)

 


・感想メモ

僕は自分の関わり合いのない場所は、違和感を覚える匂いに満ちているものだと思っていました。それは他人の家に上がったときに匂っている、独特の生活感とでもいうか、嗅いだことのない匂いです。それは、その人と親しい親しくないを別にして不快感を覚えるものであり、自分との繋がりが濃い場所は匂いがしないものだと思っていました。自分の家、会社、学校での自分の席、何より自分。でもこの小説を読んだ後は、匂いがしないのではなく、嗅ぎなれているから、匂いがしないのだと思いました。

 


五感の中でこれほど匂い、嗅覚というものを描いたものも少ないのではないかと思いました。視覚はもちろん、触覚は小説にあるべきものでしょう。音楽が出てくれば、聴覚は必要不可欠なもの。そして、料理が出てくる小説も多い。しかし嗅覚は少ない。それにより、いかにリンさんにとって故郷の存在が大きいかが知れます。

 


戦争によって、孫を除いて家族を失い故郷を追われたリンさんは、難民となってとある町に連れてこられます。そこで住処を探してもらっているしばらくの間、滞在することになります。そこで、一人の男性と出会います。二人の言葉は通じません。その後にリンさんは「こんにちは」という意味の言葉だけは教えてもらうのですが、それだけです。最初こそ、彼を子どもをさらう人ではないかと不安がりますが、そんなことはないことがわかり、そして彼と親しくなっていきます。

 


リンさんの状況は言うまでもなく過酷です、故郷は戦争で失い、見知らぬ土地に来た、言葉は「こんにちは」しか知らない。この場合は二人とも家族(妻)を失っていて、互いの立場に通ずるものがあったからこそ、心が通じたのでしょうか。

 


リンさんとバルクさんはある意味で対照的でもあります。リンさんは破壊されゆく村と運命を共にしようかとも考えますが、残された赤ん坊のためにもと、生き残ります。言うなれば、過去と決別した人間なのです。バルクさんは、妻を亡くし、その哀しみの中にいまだいるように思います。妻が働いていた公園に足を運び、絶え間なく煙草を吸い続ける。過去と決別していない人間なのです。

 


けれど、二人はこの場にいたいと望んでいる。それは進んでいくことへの怖さもあらわしているのか。だから二人は通じ合った。これには、言葉はなくともこれほどに親しくなれる、そんな筆者の意志があるのではないかとも思えるのです。(2008.10.06)