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一瞬の風になれ /佐藤多佳子

・形式

小説、長篇、高校生、陸上

 


・あらすじ

あさのあつこの『バッテリー』、森絵都の『DIVE!』と並び称される、極上の青春スポーツ小説。


主人公である新二の周りには、2人の天才がいる。サッカー選手の兄・健一と、短距離走者の親友・連だ。新二は兄への複雑な想いからサッカーを諦めるが、連の美しい走りに導かれ、スプリンターの道を歩むことになる。夢は、ひとつ。どこまでも速くなること。信じ合える仲間、強力なライバル、気になる異性。神奈川県の高校陸上部を舞台に、新二の新たな挑戦が始まった――。

 

3部作の第1作に当たる本書では、新二がシーズン(春から秋)の1年目を終えるまでが描かれる。競技の初心者である新二の目を通じて、読み手も陸上のいろはが自然と身につく構成だ。見事なのは、競技中の描写。新二が走る100m、200m、400mなどを中心に、各競技のスピード感や躍動感が迫力を持って伝わってくる。特に、本書の山場とも言える4継(4人がバトンをつないで合計400mを走るリレー)では、手に汗握る大熱戦が展開される。


丁寧な人物描写も、物語に温かみを与えている。生き生きと描かれる登場人物たち、彼らが胸に抱えるまっすぐな想い。その1つひとつが、小説全体に流れる爽やかさを生み出し、読み手の心を強く揺さぶるのだ。


何かに、ひたむきに打ち込むこと。風のように疾走する新二や連を追ううちに、読者は、重たい現実を一瞬だけ忘れ、彼らと同じ風になることができるのだ。

 


・収録話数

 


・初出

書き下ろし

 


・刊行情報

一瞬の風になれ(講談社)

第一部 イチニツイテ

2006年8月26日


第二部 ヨウイ

2006年9月22日


第三部 ドン

2006年10月25日

 

一瞬の風になれ 第一部 イチニツイテ(講談社文庫)

一瞬の風になれ 第二部 ヨウイ(講談社文庫)

一瞬の風になれ 第三部 ドン(講談社文庫)

2009年7月15日

 

 
・受賞歴、ランキング

第28回吉川英治文学新人賞(小説現代、2007年4月号)

 

浅田次郎○

「まったく異なった世代の異なった生活を、異なった言語で書き切った膂力は敬意に値する。ねがわくはもう一歩踏み出して、登場人物の胸に本来あるべき苦悩や嫉妬や迷いや撞着を描き出してほしかった。むろん受賞に異議はない。」


伊集院静◎

「いやはやたいした新人である。ともかく面白いし、登場人物たちがかがやいている。魅力があるのだ。」


大沢在昌○

「作品から汗や練習の苦痛、そして思春期にある主人公の苦悩とった人間臭さが徹底して排除されているのも、すべては作者の作戦であろう。これに違和感をもつかどうかで、評価は大きくかわる。私自身は、よくできた連続ドラマを見せられているようだと感じ、やはりそこにひっかかった。」


高橋克彦◎

「汗の輝きと、無意味な挑戦に終わるかも知れない青春の不安を著者は描きたかったに違いない。簡単に日本一や世界一の座に駆け上がるスポーツ物語にやや辟易としていた私にとって、この作品は驚きでもあった。」


宮部みゆき◎  

「そもそも活字で表現することそのものが困難な零コンマ一秒単位の「成長」を、見事に文章化、小説化することに成功した快作でした。同時に優れた青春小説でもある本作に、私も多くの読者の皆さんと同じように魅せられまして、選考委員としては少々上滑りな感想を抱いてしまっているのではないかと案じながら選考会に臨んだのですが、それは杞憂でした。」

 


第136回直木三十五賞候補(オール讀物、2007年3月号)

 

阿刀田高×

「爽快なスポーツ小説にはなっているが、――もう少しドロドロしているんじゃないのかなあ――人間のリアリティーを感じにくかった。」

 

五木寛之

 

井上ひさし△ 

「美点の多い作品である。また、走ることを書き切るために疾走感のある軽やかな文体を採用したところにも感心したが、物語の展開があまりにも定石通りだった。」

 

北方謙三× 

「挫折や苦悩や嫉妬や屈辱という、マイナスの情念が、実は小説ではプラスになり得るものかもしれない、という発想が排除されているという気がする。爽やかさに、手放しで拍手を送れない、と私は感じ続けていた。」


林真理子× 

「まだサークルのしっぽをくっつけているような気がして仕方がない。」

 

平岩弓枝△  

「のびのびと書いていて明るく読みやすい。スポーツを背景におくと人間が描きやすいという利点を上手く使っている」


宮城谷昌光 


渡辺淳一× 

「優しく爽やかで軽すぎる。」


2007年第4回本屋大賞

2007年本屋大賞結果発表&発表会レポート | これまでの本屋大賞 | 本屋大賞

 


・読了日

2008年8月18日

 


・読了媒体

 一瞬の風になれ(講談社)

 


・感想メモ

これまで読んだことのあるスポーツ小説といえば、『800』、『走れ、セナ!』『DIVE!!』『ウォーターボーイズ』ぐらいのもので、そのうち陸上を扱ったものも前半の2つしか読んだことはありませんでしたが、この小説はこれまで読んできたどれよりも優れていると思いました。

 


このような小説、漫画、映画でよくあるのが、現実ほどの厳しい練習を行わなかったり、主人公や仲間が超人的な能力や運を発揮して、実際のそれと比べれば容易に日本や世界のチャンピオンになってしまうということです。

 


本作でも類似点はあります。中学時代はサッカー部の「本番に弱い」選手だった、陸上においては素人だった主人公が、高校では県でも有数の選手になるところや、仲間や顧問、優良な環境に恵まれたことです。それに最後の県大会で仲の良い谷口の様子や成績が全く描かれていないことや、主要メンバー以外の登場人物の説明や描写が少なく、いきなり名前を出されて戸惑ってしまったり、いきなり場面が飛んでしまったりということもあります。

 


それでもそんな難点はほんの些細なもので、陸上競技に関しても説明がなされ良心的な作品です。本作の中心は100mや200mのような短距離種目で、とくに核となるのは400メートルリレーです。4人が関わり、呼吸を合わせ、バトンを繋ぐ。ギャンブルとも比喩される花形種目です。

 


些細な対立や、仲間で向上し合っていく彼らの姿勢は見ていて楽しい。それがこの小説が優れていると評価されている一端です。(2008.08.18)