・形式


小説


 



・あらすじ


病弱で生意気な美少女つぐみ。彼女と育った海辺の小さな町へ帰省した夏、まだ淡い夜のはじまりに、つぐみと私は、ふるさとの最後のひと夏をともにする少年に出会った。少女から大人へと移りゆく季節の、二度とかえらないきらめきを描く、切なく透明な物語。第2回山本周五郎賞受賞。


 



・収録話数


全12章


 



・初出


 



・受賞歴、ランキング


第2回山本周五郎賞(小説新潮、1989年7月号)


 


井上ひさし◎  


「少女漫画風とかいろいろ難点はありますが、そういう難点も全部含めて、売れる理由はコスモロジー、宇宙論なんです。一刻一刻が、二度と帰らない一刻一刻だということを、この作者は若いのによく分かっているんですね。」



田辺聖子△  


「これは嘘と虚構で出来上がった小説世界ですから、海千山千の百戦錬磨の大人たちの、強い視線に耐えられるかどうか、そこがちょっと心もとないんです。」



野坂昭如×


「得手勝手な自分の感傷世界を、都合よく構築しているだけではないかという感じがした」



藤沢周平△  


「語り手のまりあの視線、つぐみの行動を解釈する、周りの人間の反応を解釈する、そのまりあの視線がいつも甘すぎるんですね。」



山口瞳△  


「私は、少女小説であってもいいと思うんです。けれど、どうしてもこのつぐみという女の子が、可愛いというふうにならないんですよ。でも、なんとなく、なかなかのもんだという印象はあるんです。」


 



・読了日


2008年2月24日


 



・読了媒体


TUGUMI(中央公論社)


 



・感想メモ



多くの人は故郷は半永久的に存在し続けるものだと信じている。



 
従姉妹である「白河まりあ」の口から語られる本作の主人公「山本つぐみ」は容姿端麗ながら、口が悪く、わがままな少女である。こう言うと、美人で傲慢なように思われるかもしれないが、そうではない。生まれつき体が弱く、親に甘やかされて育ってきたからである。


 



本作はつぐみの19歳の夏を、つぐみとまりあの2人の思い出と、偶然出会った武内恭一と共に描いたものだ。


 



少女漫画風とも称されたような恋愛や、一途ながらも暴走してしまうつぐみの性格を男である私が何の戸惑いもなく受け入れることができたのは、周辺の人物が、彼女は暴言や悪口を本心から言っているのではないことを理解しているからなのだろう。そもそも、暴言や悪口が生まれるのは彼女が心優しい人間であるからだ。ふとしたことで体調を崩してしまう自分の体に苛立ちを感じ、そのたびに迷惑をかけてしまう家族に申し訳ないと思っているからこそである。つぐみが本当に悪いことをしたとき以外に謝らないのも、謝ることで何も良い方向へ向かないことを知っているからだろう。


 



彼女は、まりあに手紙を書くような事態に陥っても、泣きわめいたり、本当の自分をまわりに諭したりはしなかった。それは彼女自身が言ったように「強さ」だったのだろうか。熱が出て寝ているたびに「死」について考え、無理をすればすぐにでも死んでしまうような環境にいた彼女なりの。彼女の性格であれば「死にたくない」と言いながら死ぬよりは、「じゃあな!」などと言いながら死ぬことを望むだろう。普段の自分の精神状態と大差が無かったことに安堵したのだろうか。(2008.02.26)


 


 


吉本ばななの小説の中で一番好きだ。文章もいいけれど、なんといっても作品全体を覆っている雰囲気がとても気持ちがいい。それだけでふと読み返したくなる良作だ。(2017.10.27)