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太陽の塔 /森見登美彦

・形式

小説、長篇

 


・あらすじ

京都大学農学部の5回生で現在自主休学中の「私」は、かつての恋人「水尾さん」を研究すべく観察し、240枚にわたる大レポートを書き上げていた。水尾さんから一方的に「研究停止」の宣告を受けながらも自らの調査能力と研究能力、そして想像力をフル活用し研究を続けていた。
そんな中、水尾さんを追いかけるもう一人の男「遠藤」と出会う。遠藤はあらゆる手段を使って「私」の研究を妨害するが、「私」も負けじと報復する。ある日暴漢に襲われそうになった「私」は遠藤に助けられ、遠藤から水尾さんを追いかける理由を聞かされる。
やがて季節はクリスマスになり、四条河原町でええじゃないか騒動がおこる。

 


・収録話数

 


・初出

『太陽の塔』(新潮社)

 


・受賞歴、ランキング

第15回日本ファンタジーノベル大賞 大賞受賞

 

荒俣宏〇

「まずAランクとしたのは「太陽の塔/ピレネーの城」であった。通常の意味のファンタジーではない。夏目漱石や「けんかえれじい」を思いださせる青春妄想小説であり、男子寮の知と痴が暴力的にからまりあう。京都における京大生の尊大ぶりと稚戯性とを巧みなレトリックで描きあげた。地域も時代も極度に狭いだけに、危い妄想に満ちみちている。それでいて、どこかに純な心情があふれている。まるで岡本太郎の作品のように突拍子もない「彼女」の研究を通じ、よい意味で明治文学の真面目さを感じさせる小説であった。これならファンタジーの読者にも支持されると確信して、一位に推した。しかし問題もないわけではない。あまりに技巧に走りすぎた場合、鼻につく危険のある文体である。この作品では成功したが、はたしてこのようなバンカラ一人称でもっと幅の広い物語に挑戦できるものかどうか、若い作家だけに注目して次回作を見てみたい。」

井上ひさし◎

「「太陽の塔/ピレネーの城」は、美点満載の、文句なしの快作だった。なによりも文章が常に二重構造になっているのがすばらしい。では、それはいったいどういう仕掛けになっているのか。京都大学を〈休学中の五回生〉の「私」が主人公で語り手をかねているのだが、この「私」が女性にモテたくてたまらないのにまったくモテないので、客観的にはみじめで哀れな毎日を送っている。ところが「私」には、つまり主観としては、自分がモテないのは世の中がまちがっているように見えている。この客観と主観のズレが全編に絶え間なく愉快な諧謔を作り出していて、読者はいつも主観と客観の、抱腹絶倒の二重唱を聞くことになる。これは生半可な技術ではない。持って生まれた才能だろう。この才能がこれからもまっすぐに伸びて行くことを切に祈っている。」

 

小谷真理◎

「一読して、一番強烈で、一番笑いこけた作品は、もちろん「太陽の塔/ピレネーの城」である。
 主人公が恋するオトコ、作品の形式はファンタジー——などというと、若きウェルテルかプレーボーイ・スパイかと思ってしまうところであるが、そうではない。なんとこれが、ふられオトコのスラップスティック・コメディで、今風に言うなら、もてないオトコの妄想小説。そう、恋をすりゃ犬も詩人に、バンカラもファンタジーになってしまうというわけだ。
 これは、実は危険なネタである。政治的な正しさがもとめられているキビシイ現代社会においては、一歩間違えると、ストーカー小説になりかねないからだ(しかも、評者にフェミニストが一匹いる)。まことにヤバい状況ではあるものの、でもオッケー、と寛大にゆるされてしまうのは、この主人公がなぜか「ストちゃん」と呼びたくなるような、ラブリーな存在であるからだ。トホホ感覚漂うかわいらしさが、今時のオトコにとって充分な武器になることを、この作者はよく知っている。
 下半身から襲ってくる圧倒的なパワーに翻弄され、その気もないのに勝手にエネルギー充填され、にもかかわらず、エネルギーのアウトプットがうまく行かない。ついに猪突猛進してしまったら、やっぱり撃沈。で、勝手に羽ばたく恋の翼は、「女」という幻想を増強することに……。ちなみに、単なる週刊誌的興味半分に、「ストちゃん」をここまでファンタジストにしてしまった相手の女性ってどんなコかしらとその描写をさがしてみたら、いやはやなんとも宇宙的にすっとんでいて、実体がよくわからないほどすごい。
 似たようなむくつけきオスどもと繰り返されるしょーもない日常? これは七○年代頃読みまくったムツゴロウ、庄司薫、遠藤周作といった青春文学のなつかしい味わいだ。とすると、やっぱああいう青春小説なんてファンタジーだったんだ、と、木原敏江の『摩利と新吾』みたいなコペルニクス的転回に、拍手をおくるものであります。現実を異化して笑い飛ばす、こんな痛快な小説がでてくることをどこか待っていた、気もする。」

 

椎名誠〇

「太陽の塔/ピレネーの城」をこの賞に推薦した。今回はそういう声が多かったが、難点はこれがファンタジーかどうか、ということであった。他の作品に見事にファンタジーの本流を行くものがあったのでどうしてもそういう論議は出てくる。
 この作品は、マンガ家いしいひさいちのいろんな作品の、単純で滑稽で常にどこか不条理で結構屈折した哲学なども含有している、あのヘンテコな面白さに通じている、と思った。たとえば東淀川大学に所属する貧乏できったなくて本能に貪欲で変に気位の高い落ちこぼれ学生群を描く「バイト君」を文学にするとこんなふうになるのではないか、と。有名マンガを文学にするというのはなかなか難しい。たとえば『サザエさん』を優れた長編小説にするのは相当なハンデと努力がいるだろう。この作品はそういう意味で作品世界全体がファンタジーになっているのではないか、とぼくは広義に解釈した。久しぶりに力のある変な小説を書く新人が出てきたのではないか。ただしこの思わせぶりな、だけどあまり意味のない二重タイトルはいただけない。」

 

鈴木光司×

「大学に入る前から作家志望であったため、若い頃から小説を書いては捨て書いては捨てを繰り返してきた。学生時代の習作など、作品としてはまったく使い物にならないものばかりだが、捨ててきた原稿が自分の血となり肉となっているという実感はある。書いて捨てる枚数の膨大さが、作家へのハードルを越えるチャンスを与えてくれる。若書きの習作、おおいに結構。しかし、捨てるべきものは捨て、血肉に昇華させる覚悟を持たなければならない。
 今回、達者ではあるがまだ賞には早すぎると思われる作品「太陽の塔/ピレネーの城」が、ひょっとして高得点を集めはしないかという危惧を抱いて、選考会に臨むことになった。案の定、ぼく以外の選考委員がすべてAをつけ、大賞受賞ということになった。この作者は確かに可能性がある。もう少し捨てるべき原稿の量を増やしてもらいたいという願いを込め、敢えて苦言を呈したけれど、受賞した以上は、新人作家として暖かく見守っていくつもりである。」

 


・読了日

2008年2月4日

2017年5月17日

 


・読了媒体

太陽の塔(新潮社)

太陽の塔(新潮文庫)

 

・感想メモ

本作は森見登美彦のデビュー作です。

 

単行本の帯にもあるとおり、森見の原点は本作にあるように思われます。(これは単行本の帯で、文庫本の帯を見たら「すべての失恋男たちに捧ぐ」とありました。なんか可哀想です・・・)


本作の主人公は「素直」とは言えない男です。研究と称しストーカー行為と限りなく近い行為を行ったり、恋敵と思われる男の部屋を一大昆虫王国にしようと画策したりと、とんでもない男です。


脇役たちも曲者ぞろいです。夢をなくしてしまった男「飾磨」、女性に告白されただけで逃げる巨人「高藪」、あるいは「遠藤」などと枚挙に暇がありません。

 

しかし、緊迫感とは対極にあるような世界が描かれています。それは、彼らがクリスマスを呪い、聖ヴァレンタインを罵倒するという、浮かれている世間に対するささやかな挑戦をしているからなのでしょうか。これを理解すると、帯の文句もうなずけます。


著者の独特な表現や、回りくどい言い回しには、笑わされてしまいました。


著者の描き出したこの不思議な世界を堪能されてはいかがでしょうか。(2008.02.04)

 

 

荒俣宏の選評にもある通り、『太陽の塔』の文体は、「あまりに技巧に走りすぎた場合、鼻につく危険のある文体」だ。少しやりすぎてしまうとうざったらしく勘違いした自称イケメンのようになってしまうし、逆にやらなすぎてしまうと、話の滑稽さ珍妙さに文体が負けてしまう。森見は新人賞応募作にしてこの絶妙な綱渡りを渡りきった。それはまさしく本作が最終選考会で好評を博した理由であり、またその後の躍進にもつながっていることだろうと思う。(2017.10.18)