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ハリガネムシ /吉村萬壱

・形式

小説、中篇

 


・あらすじ

吉村萬壱はデビュー作『クチュクチュバーン』において、個体としての人間が他の生命や物質と同化・変態し、巨大な集合体の中に溶け込んでいくプロセスを通して、人類進化の壮大なビジョンを初期筒井康隆の作品世界を彷彿とさせるグロテスクかつドタバタふう筆致によって描き上げた。芥川賞受賞作『ハリガネムシ』において、吉村は物語の舞台を近未来から現代(1980年代後半)へ移すとともに、前作において顕著だった暴力と破壊のテーマをさらに発展させ、それらをひとりの人間の内に発する過剰な欲望のありようとしてリアルに表現することに成功している。

 

物語の主人公は、高校で倫理を教える25歳の平凡な教師中岡慎一。アパートで独り暮らしをする慎一の前に、半年前に知り合った23歳のソープ嬢サチコが現れる。サチコは慎一のアパートに入り浸り、昼間は遊び歩き、夜は情交と酒盛りの日々を送る。サチコの夫は刑務所に服役中で、ふたりの子どもは施設に預けたままだが、詳しい事情は明らかでない。慎一はサチコを伴い車で四国に旅立つが、幼稚な言葉を使い、見境なくはしゃぎまわり体を売るサチコへの欲情と嫌悪が入り交じった複雑な感情は、慎一の中で次第に暴力・殺人願望へと変容していく。慎一は、自身の中に潜在する破壊への思いを、カマキリに寄生するハリガネムシの姿に重ね合わせる。

 

カマキリの尻から悶え出る真っ黒いハリガネムシ、風呂屋の洗い場でロゼワイン色の血尿を放つ男、奇っ怪な叫び声をあげる登場人物など、グロテスクな人物や不穏なイメージに彩られた本作は、すべての読者に平等に支持されるものではないかもしれない。しかし、人間の内に発する欲望や衝動をありのままに記述していこうとする吉村の作家としての姿勢は実直なものであり、倫理的であるとさえいえる。

人間の本性として備わる「欲望」の本質に鋭く迫った問題作である。(榎本正樹)

 


・収録話数

 

 

・初出

文學界、2003年5月号

 

 

・刊行情報

ハリガネムシ(文藝春秋)

2003年8月

 

ハリガネムシ(文春文庫)

2006年8月

 


・受賞歴、ランキング

第129回芥川龍之介賞(文藝春秋、2003年9月号)

 

池澤夏樹△

「ぼくの好みではないが、しかし暴力という大きな主題を正面から扱ってしっかり構築されていることは認めなければならない。」

 

石原慎太郎〇 

「一種のデスペレイションはどうにもやり切れないが、多くの国民がデフレとはいえなんとなく満ち足りた錯覚の内にある時代に、逆に妙なリアリティがあり、読む者を辟易させながら引きずっていく重い力がある。」

 

黒井千次△

「人間の内にひそむ暴力への欲求を、ハリガネムシに擬して追求する意図は充分に認められる。ただこの教師がいささか無抵抗に暴力にのめりこんで行く経過に疑問が残る。彼を縛る壁があまりに薄手であるために、主人公の行動が恣意的なものに止まってはいないか。」

 

河野多恵子〇

「作者が小説の創り方を全身で知っているかのような感じを与える出来栄えである。この作品には、無駄や独りよがりや顕示的なところが全くない。客観視する意志と力をもっている作者のようだ。作品の風通しのよさも、それ故だろう。ほんの小さな端役といえども精彩があり、全篇を支える確実な一員に思えてくるのは大したものである。」

 

高樹のぶ子〇

「昨今、強い者にではなく自分より弱い者に向かう暴力が溢れている。唾棄すべきこのような暴力衝動がなぜ生れるのかを、丁寧にかつ非常に解き明かす。」

 

古井由吉 

 

三浦哲郎×

「この作品の核にもなっているサディスティックな暴力シーンは、今の私にはちと荷が重すぎた。」

 

宮本輝×

「また古臭いものをひきずり出してきたなという印象でしかなく、読んでいて汚ならしくて、不快感に包まれた。」

 

村上龍△

「テクニックも実力もある作品だと思ったし、登場人物のキャラクターも会話も巧みだった。だがまるでスラップスティックムービーを見ているようで、切実さがなかった。」

 

山田詠美〇

「人の内なるさまざまな感情を翻弄しながら、言葉でひとつにまとめ上げることに成功した作品だと思う。」

 

・読了日

初読日不明

 


・読了媒体

ハリガネムシ(文藝春秋)

 


・感想メモ

石原慎太郎の選評、「読む者を辟易させながら引きずっていく重い力がある」の通り、僕も読みながらドン引き、顔をしかめながらも最後まで読むことはやめなかった。まったく僕の好みではなかったが、最後まで読ませる力は間違いなくあった、しかも退屈することもなかった。(2017.10.15)