・形式


小説、中篇、高校生


 



・あらすじ


『インストール』で文藝賞を受賞した綿矢りさの受賞後第1作となる『蹴りたい背中』は、前作同様、思春期の女の子が日常の中で感受する「世界」への違和感を、主人公の内面に沿った一人称の視点で描き出した高校生小説である。


 


長谷川初実(ハツ)は、陸上部に所属する高校1年生。気の合う者同士でグループを作りお互いに馴染もうとするクラスメートたちに、初実は溶け込むことができないでいた。そんな彼女が、同じくクラスの余り者である、にな川と出会う。彼は、自分が読んでいるファッション雑誌のモデルに、初実が会ったことがあるという話に強い関心を寄せる。にな川の自宅で、初実は中学校時代に奇妙な出会いをした女性がオリチャンという人気モデルであることを知る。にな川はオリチャンにまつわる情報を収集する熱狂的なオリチャンファンであった。


 


物語の冒頭部分を読んだだけで、読者は期待を裏切らない作品であることを予感するだろう。特に最初の7行がすばらしい。ぜひ声に出して読んでいただきたい。この作家に生来的に備わったシーン接続の巧みさや、魅力的な登場人物の設定に注目させられる作品でもある。高校1年生の女の子の、連帯とも友情とも好意ともつかない感情を、気になる男子の「もの哀しく丸まった、無防備な背中を蹴りたい」思いへと集約させていく感情と行動の描写も見事だ。現在19歳の作者でなければ書くことができない独自の世界が表現されている。


 



・収録話数


 



・初出


文藝、2003年秋季号


 



・受賞歴、ランキング


第25回野間文芸新人賞候補(群像、2004年1月号)


 


奥泉光


 


川村湊


 


佐伯一麦


 


笙野頼子


 


久間十義


 


山田詠美


 


 


第130回芥川龍之介賞(文藝春秋、2004年3月号)


 


池澤夏樹〇


「高校における異物排除のメカニズムを正確に書く伎倆に感心した。」


 


石原慎太郎


 


黒井千次〇


「背中を蹴るという行為の中には、セックス以前であると同時にセックス以後をも予感させる広がりが隠れている。この感性にはどこか関西風の生理がひそんでいそうな気がする。」


 


河野多恵子〇


「彼等はまさしく高校一年生である実感に満ち、同時にそれを越えて生活というものを実感させる。」


 


高樹のぶ子◎  


「醒めた認識が随所にあるのは、作者の目が高校生活という狭い範囲を捉えながらも決して幼くはないことを示していて信用が置ける。作者は作者の周辺に流行しているだろうコミック的観念遊びに足をとられず、小説のカタチで新しさを主張する愚にも陥らず、あくまで人間と人間関係を描こうとしている。」


 


古井由吉〇


「最後に人を避けてベランダに横になり背を向けた男が振り返って、蹴りたい「私」の、足の指の、小さな爪を、少し見ている。何かがきわまりかけて、きわまらない。そんな戦慄を読後に伝える。」


 


三浦哲郎×


「この人の文章は書き出しから素直に頭に入ってこなかった。たとえば『葉緑体? オオカナダモ? ハッ。っていうこのスタンス。』という不可解な文章。私には幼さばかりが目につく作品であった。」


 


宮本輝〇


「「蹴りたい背中」に伸びゆく力を感じた。伸びゆく年代であろうとなかろうと才能がなければ伸びてはいかない。」



村上龍△


「破綻のない作品で、強く推すというよりも、受賞に反対する理由がないという感じだった。」



山田詠美〇


「もどかしい気持、というのを言葉にするのは難しい。その難しいことに作品全体を使ってトライしているような健気さに心惹かれた。その健気さに安易な好感度のつけ入る隙がないからだ。」


 



・読了日


 



・読了媒体


蹴りたい背中(河出文庫)


 



・感想メモ


この作品には様々な感想が寄せられているようです。


「面白い」「つまらない」


「すごいよく分かる」「意味不明」


「傑作」「買う意味がない。金返せ」


「さすが芥川賞受賞作」「芥川賞のレベルも権威も落ちたもんだ」


 



果ては、「蹴りたいのは選考委員の背中だ」なんてことまで言っている方まで。


 


2回読んで感想が変わったということ


 
この本を2回読みました。


 



1度目の感想は。「これで、終わり?」という感じでした。中途半端というか、もっとはっきりと終わるんじゃないのかと、思わず首を傾げてしまいました。でも、その後ふと再読したとき、こんなにおもしろかったのかと驚くことになりました。


 



初美はあらゆるところで、悲しそうにしています。友人の絹代が別の友達に今日の話をするのを楽しみにしていると知ったとき、周りに上手くとけ込めないとき、にな川がオリチャンに駆け寄るとき。これは、近くにいた人が、自分に似ているかも知れないと思った人達が遠くへ行くのを実感したからです。自分より他の人に興味を持たれてしまったからです。


 



だから、初美はにな川を蹴りたくなった。おまえは、私と一緒のクラスのあぶれ者だったのに、オリチャンのこととなるとなんでそんなに必死なんだと。自分は陸上部にいるけど、そんなに全力投球ってわけでもない。なのにお前はなんで全力なんだと。


 



しかも中学からの友達の絹代は、中身も外見も自分より大分大人っぽくなっている。そんな焦りや不満、もやもやっとしたものを文章化しようと苦心した小説のように思います。


 



僕はたいへんな傑作だと思います。このような小説は書けるようでとても書きにくい。しかも似たような内容の小説は複数書かれてきてなおのこと難しい。それでいて欠陥がないというだけで、高評価に値するでしょう。


 


 


特にいじめられているわけでもなく気が付いたら教室の中で一人だった。とりとめのないことを話せる人がいない。弁当を食べるときも一人で、早々と済ませてしまう。そんな人にとっては、この本は名作に成り得ます。(2008.10.04)