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他人の足 /大江健三郎

・形式

小説、短篇

 

 

・あらすじ

 僕らは脊椎カリエスを患い病院のベッドに横たわり続けている。今までもこれからも。病院は惰性に包まれた閉じた世界だった。ある日一人の大学生が新たに僕らの病院に入ってきた。彼は病院の独特の雰囲気に耐え難いものを感じ、それを改善する会を結成すると僕に言った。僕は冷静な眼で見続けた。彼が外から来た人間だという事をひしひしと感じていたから。
やがて彼はその活動に成功し始めた。そして病院は明るい雰囲気に変わっていった。
彼は手術をしてその後用心しながら歩く事に成功した。しかし彼が病室に入ってきた時、曖昧な硬い表情をしているのを見て、僕は、何故自分の足の上に立っている人間は非人間的に見えるのだろう、と感じた。
結局、あいつは贋物に過ぎない、そして僕はずっと彼を見張っていたのだから、という勝利の感情もすぐに消えた。そして病院は元の空気に戻っていった。

 

 

・初出

新潮、1957年8月号

 


・受賞歴、ランキング

第38回芥川龍之介賞候補(「死者の奢り」と合わせて)(文藝春秋、1958年3月号)

 

石川達三△

「「他人の足」は一部によく解らない所があるが、コントとしては優れた構成と香気とをもっている。しかし是だけでは授賞にはすこし足りない。」

 

井上靖

 

宇野浩二

 

川端康成

 

佐藤春夫

 

瀧井孝作

 

中村光夫

 

丹羽文雄

 

舟橋聖一

 

 

・読了日

2015年9月8日

2017年4月23日

2017年8月30日

 

 

・読了媒体

死者の奢り・飼育(新潮文庫)

 

 

・感想メモ

いかにも上手い。

なんだか諦念的な、あるいはちょっと古く当世的ななんて言ってもいいのかもしれないけれど、作中の病院で暮らしている子どもたちはどこか嫌な成長の仕方をしたように冷めてしまっている。

 

それが一人の大学生の登場で、病院は一気に活気を得て、健康的な空間に変わっていくようなのだが、主人公は一歩引いて観察したまま。その大学生が健康な青年として病院を後にする段階になると主人公は彼と自分との差異を強く自覚するのだ。

 

これは今から50年以上前に書かれた小説だけど、この小説のテーマは現代にもそのまま当てはまる。主人公のように病気を抱えてはいなくても、悲劇のヒロインさながらに、健康的な外見からは明るく社交的な生活を送っている人に一歩引いた視線を送ってしまう人、そんな人はこの小説を「この小説を理解できるのは自分だけだ」と思ってしまいそうだ。

 

実質的なデビュー作「奇妙な仕事」では会話文に「」を使っていなかったが、「死者の奢り」では用い、今作では再び使用していない。また「死者の奢り」で見られたような観念的な描写もなく、その点でこの小説はさらに読みやすく、支持されやすいのではないか。

 

この後『われらの時代』、『叫び声』、『個人的な体験』などでもこの一歩引いた視線は見られるが、この視線の存在が僕が大江健三郎を読み続けることになった理由の最たるものだと思う。(2017.08.30)