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死者の奢り /大江健三郎

・形式

小説、短篇

 


・あらすじ

<僕>は昨日の午後、大学の医学部の事務室に行って、アルコール水槽に保存されている解剖用の死体を処理するアルバイトに応募した。係の事務員によると、仕事は一日で終える予定で、死体の内、解剖の実習の教材になるものを向こうの水槽に移すということだった。
休み時間の間、<僕>は外へ出て、水洗場で足を洗っている女学生に出会った。女学生の話によると彼女は妊娠しており、堕胎させる為の手術の費用を稼ぐ為にこのアルバイトに応募したということだった。女学生は、もしこのまま曖昧な気持ちで新しい命を産んだら酷い責任を負うことになり、だからといってその命を抹殺したという責任も免れないという、暗くやり切れない気持ちでいることを話した。
午後五時に、全ての死体を新しい水槽に移し終え、附属病院の雑役夫がアルコール溶液を流し出しに来るまで、ひとまず管理人室に上って休むことにした。女学生が急に立ち上がって部屋の隅に行って吐いた。長椅子に寝させて看護婦を呼んだ。女学生は、水槽の中の死体を眺めていて、自分は赤ん坊を生んでしまおうと思い、赤ん坊は死ぬにしても、一度生まれてからでないと収拾がつかないと考えていたところだと告白した。
管理人室に戻ると、大学の医学部の助教授が、事務室の手違いで、本当は古い死体は全部、死体焼却場で火葬する事に、医学部の教授会で決まっていると管理人に話し込んでいた。管理人は狼狽したが、渋々、新しい水槽に移した死体を焼却場のトラックに引き渡す事を承諾した。助教授の話では、明日の午前中に文部省の視察があり、それまでに両方の水槽を清掃して、溶液を入れ替えなければならないということだった。管理人は<僕>に、アルバイトの説明をしたのが自分ではなく事務の人間だったことを覚えていてくれと言った。
<僕>は今夜ずっと働かなければならず、しかも事務室に報酬を支払わせるためには、自分が出かけていって直接交渉しなければならないだろうと考えながら、勢いよく階段を駆け降りたが、喉へ込み上げて来る膨れ切った厚ぼったい感情は、飲み込む度に執拗に押し戻してくるのだった。

 


・初出

文學界、1957年8月号

 


・受賞歴、ランキング

第38回芥川龍之介賞候補(文藝春秋、1958年3月号)

 

石川達三×

「「死者の奢り」を推した人も少くなかったが私は納得できないものがあった。死体の不気味な描写がいくら書かれても、それは小説にはならない。」

 

井上靖◎

「本当の意味で小説の面白さというものは、「死者の奢り」の方にあって、またその面白さの質や才能の質が上等ではないかと思ったからである。」

 

宇野浩二△

「話は、死体処理室の管理人と女子学生とをうまく使って、異様のように作られている所は、なかなか人を喰った様な所もあるけれど、人間と言うものが殆んど書かれていない。それに、この小説の欠点は、抽象的であることだ。」

 

川端康成◎

「異常な題材を、意識して書いているので、行き過ぎの欠点と、私たちに感じられる個所が少くないのは当然である。それでも、この二作に見る才能はあざやかである。」

 

佐藤春夫△

「正しく読むに足る作品で作者の才気は十分見えている。しかしその衒気と匠気とは僕をして顔をそむけさせる。好んで奇異嫌悪の題材を採ったのにも何らの必然性は認めにくいから読者の好奇心を釣ろうとするかとしか見えない。「死者の奢り」という題の気取りも嫌味である。要するに僕はこの作者の才能を認めながらそれに多少の反感を持つのを否むことができなかった。」

 

瀧井孝作×

「「死者の奢り」は、素直に描いてあるならば面白いが、この題名のように、むかむかする死体各々が何か曰くを云い相なのは、このユーモアは、若いキザで厭味ではないかしら。」

 

中村光夫△

「「死者の奢り」は若々しい才気は感じられても、作者が自分の若い嗜好に溺れたようなところがあり、氏が今後大きく伸びるにしても、氏の若書きであり、代表作にはなるまいと思われました。」

  

丹羽文雄○

「「死者の奢り」は、最後まで落すに惜しい作品であった。」

 

舟橋聖一◎

「「死者の奢り」は、頭抜けている。大江には、いい意味のデカダンスがあり、それが人生派の抵抗になったろうが、この程度のデカダンスなしには、新しいエネルギッシュな小説のスタイルは、進歩しない。」

 

 

・読了日

初読日不明

2015年9月8日

2017年4月23日

2017年8月29日

 


・読了媒体

死者の奢り・飼育(新潮文庫)

 


・感想メモ

「奇妙な仕事」では犬殺しのアルバイトだったが、今作ではそれが人間の死体を処理するアルバイトになった。とはいえ、作品の題材構造としては非常に似通っており、「奇妙な仕事」の加筆版ともいえる。作品は同じ短篇ながら長くなっており、とくに人間の死体の一種グロテスクな不気味なイメージが増している。それは大江の持つ死のイメージがより作品において前面に押し出されたからだろう。

 

「奇妙な仕事」の感傷的なイメージは今作にも引き継がれていて、それは女子学生の台詞や、主人公の死に対するイメージ、死は《物》なのだという感慨にも示されている。

 

登場する女性の妊娠や堕胎の設定はその後いくつかの小説で繰り返し登場するが、それは若き日の大江にとって性や生と死の問題を語るにもっとも適した形だったのだろうか?(2017.08.29)