小説とか漫画とか映画とか創作とか日記とか

本棚の10冊で自分を表現するについての追記

 読書の秋の到来に際して、Twitterでは「#本棚の10冊で自分を表現する」というハッシュタグがトレンド入りしており、このタグはその後も投稿され続けている。読書の秋…『#本棚の10冊で自分を表現する 』が興味深い - NAVER まとめ

 僕はこのハッシュタグに、本棚の最近読んだ本を順番に並べたところの写メだけを貼り付け参加したのだが、どうもそれでは不十分であるようにも、ブログを開設した時期に好きな本を書いておくのも悪くないなとも思われたし、なによりもう少し語りたくなってもきたのでここで10冊をちゃんと選んでみることにした。

 

『それから』(夏目漱石

それから (新潮文庫)

それから (新潮文庫)

 
 

  個人的に漱石の最高傑作は『こころ』だと考えているが、一番好きなのは『それから』だ。主人公は帝国大学を卒業した後も定職に就かず、知識人として気ままな生活を送っている。代助と三千代(そして平岡)の関係性が良くてストーリーも読んでいて楽しいが、なんといっても代助の発言口調が好きでどんどん好ましく思われてくるところが優れている小説である。

 

芥川龍之介全集2』(芥川龍之介

芥川龍之介全集〈2〉 (ちくま文庫)

芥川龍之介全集〈2〉 (ちくま文庫)

 

 芥川の短編はどの時代も独特の文章の流れの滑らかさと短編とは思えない余韻があって好みだが、特に初期の短編が好きだ。その中でも「蜘蛛の糸」や「地獄変」、「奉教人の死」が収められている2巻が好み。

 

新編宮沢賢治詩集』(宮沢賢治

新編宮沢賢治詩集 (新潮文庫)

新編宮沢賢治詩集 (新潮文庫)

 

 文章の独特さと物語の独自性が際立っているのはやはり宮沢賢治で、一度読んだら忘れられないようなそのリズムはより詩で表れているように思う。「永訣の朝」と「生徒諸君に寄せる」が好み。

 

『山の音』(川端康成

山の音 (新潮文庫)

山の音 (新潮文庫)

 

 僕は川端康成の小説が基本的に苦手で、『伊豆の踊子』、『禽獣』、『雪国』などを読んでみても良さがよくわからなかった。(ただ伊豆の踊子の映画は楽しんで観た)これは川端文学の初心者の通る道だと『雪国』の新潮文庫版解説にあって確かその通りだと頷かされたものである。それでも、戦後のとある一家を描いたこの『山の音』だけは時間を忘れて没頭して読んだ。一家の閉塞感だとか何とも言えない悲壮感が気に入ったのだと思う。

 

 『ぼくの大好きな青髭』(庄司薫

ぼくの大好きな青髭 (新潮文庫)

ぼくの大好きな青髭 (新潮文庫)

 

 どうして庄司薫の小説を読むことにしたのかはもう覚えていないけれど、庄司薫の四部作を初めて読んだ時に感じたおもしろさは今でも覚えている。そしてそれは数年前に刊行された新潮文庫版を再読したときにも感じることができた。この小説は、同時代に書かれた多くの若い小説と同じように学生たちがよく議論をしているのだが、その場面を読むのがただただおもしろい。四部作の中では「黒」も好きだが、初めて読んだときに「青」が一番おもしろいと思ったのでここでは「青」にした。

 

『審判』(カフカ) 

審判 (新潮文庫)

審判 (新潮文庫)

 

 僕が海外の小説に興味を持ち読み始めた時最初にはまったのがカフカだった。『変身』の衝撃的なラストシーンや『城』で主人公が奔走する部分と比較しても『審判』の秀逸さは変わらない。カフカの死後、彼の意に反して世に出たことは幸運だったが、未完なのが惜しまれる一作。

 

『叫び声』(大江健三郎

叫び声 (講談社文芸文庫)

叫び声 (講談社文芸文庫)

 

 ここに挙げた小説は初めて読んだ時から気に入っているものばかりだが、この『叫び声』はそんなことはなく、初めて読んだときに僕はどこか暗くつまらない小説だと思った。その後、薄い小説だからとふとした折に読み返したのだが、今度は一転してこんなすごい小説だったのかと一語一語丁寧に読み直すことになった。以前は主人公たちの行動ばかりに目が行っていたが、読み直した時には「友人たち(レ・ザミ)号」に視点をおいて読んだということも関係したと思う。主人公たちはレ・ザミ号での航海を夢見ているが、それとは離れたところで物語は進んでいく。二回読んでようやく「普遍の青春の意味と青春の幻影を描いた秀作。」という内容紹介の意味がはっきりと分かったのだ。

 

国境の南、太陽の西』(村上春樹

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)

国境の南、太陽の西 (講談社文庫)

 

 おそらく『国境の南、太陽の西』は文学的には村上春樹の長編小説の中でもっとも評価が低い作品だ。刊行直後に書評という形で書かれたものから学術論文にいたるまでその傾向は続いている。第一、他の長編作品と比較しても論文の総数自体が明らかに少ないのだ。近年には再評価の向きもあるが、それも積極的に評価しようというのではなく、どちらかと言えばそれまでの低い評価に対する反論といったような印象がぬぐえない。
 『国境の南、太陽の西』の前には『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』があり、『ノルウェイの森』があり、四部作の完結編として『ダンス・ダンス・ダンス』があった。そして直後には『ねじまき鳥クロニクル』が書かれている。それらの作品と比べれば存在感はないかもしれないが、この小説ほど「村上春樹」らしさが溢れている作品もないと思う。夫の思いが自分ではない別の女性に向けられているのを感じながら、それでも寛容的な態度を見せる有紀子の姿には男性的だとの批判も寄せられたが、『国境の南、太陽の西』の島本さん=始=有紀子の関係は、その後の村上春樹の小説の男女間の繋がりというものを最も端的に示していると考えている。

 長く一番好きな作家の一番好きな作品であり、思い入れが強い一作。

 

ノルウェイの森』(村上春樹

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

 
 
ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

 

 長い間僕は村上春樹の小説の中で『国境の南、太陽の西』が一番好きだったが、このところは『ノルウェイの森』も良いんじゃないかと思うようになった。その理由にはワタナベ君と直子の関係が、小説を読み直すたびに好きになっていくということがある。上巻の最後にある、直子の姉のエピソードをふとしたときに読み返してしまうということもある。直子の二十歳の誕生日の直子のセリフが好きだからということがある。冒頭のワタナベ君とスチュワーデスの会話も好きだし、緑がワタナベ君の誘いを断るシーンもその後のセリフも良い。小説全体としても好きだけれど、読み直すたびに小説のありとあらゆるところに好きなシーンがあることに気がつき、それがどんどん増えていくのである。こういう小説はほとんどない。全体として好きだけれど、どの場面から読み始めてもおもしろく新しく好きになっていくということは稀であり、細部は忘れてしまうことがよくあるからだ。

 一場面を読み返したのは一番多いであろう小説。

 

百年の孤独』(ガブリエル・ガルシア=マルケス) 

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

百年の孤独 (Obra de Garc´ia M´arquez)

 

 こんなおもしろい小説が世の中にあるのかと思ったし、本当に読めて良かったと思う。

 

 

 数年後にどう変わっているか楽しみ。(2015.9.15)

 

・参考

「 #本棚の10冊で自分を表現する 」 - Togetterまとめ