本の情報ブログ 火の秋のモノガタリ

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大江健三郎

大江 健三郎

おおえ けんざぶろう

 

 

1954年

4月「行く力 Force qui Va

9月「天の嘆き

 

 

1955年

5月「優しい人たち

夏「夏の休暇

9月「火山

 

 

1956年

5月「霧の船」「火葬のあと

7月「黒いトラック

9月「死人に口なし」「獣たちの声

 

 

1957年

5月「奇妙な仕事」 

8月「死者の奢り」「他人の足

9月「石膏マスク」 

10月「偽証の時」 

12月「動物倉庫」

 

 

1958年

1月「飼育」 

2月「人間の羊」「運搬」 

3月「鳩」

6月「芽むしり仔撃ち」「見るまえに跳べ」 

7月「暗い川おもい櫂」 

8月「鳥」

9月「不意の唖」「戦いの今日」「喝采」

 

 

1959年

1月「夜よゆるやかに歩め」「戦後世代のイメージ」

6月「部屋」

7月「ここより他の場所」『われらの時代』

8月「共同生活」「青春の汚名」「現実の停滞と文学」 

11月「上機嫌」

12月「われら性の世界」

 

 

1960年

1月「勇敢な兵士の弟」

2月「報復する青年」

3月「後退青年研究所」「暗い鏡」

4月「孤独な青年の休暇」

9月遅れてきた青年

10月「現実の停滞と文學」

11月「下降生活者」

 

 

1961年

1月「セブンティーン」「幸福な若いギリアク人」

2月「政治少年死す-セブンティーン 第二部」

7月「強権に確執をかもす志」

9月「私小説について」

 

 

1962年

3月「わが旅・文学的側面」「サルトルの肖像」「私がソヴィエトの青年なら」

5月「不満足」「性犯罪者への関心」

8月「ヴィリリテ」

10月「善き人間」

11月「叫び声

 

 

1963年

2月「スパルタ教育」「戦後文学をどう受けとめたか」日常生活の冒険

5月「性的人間」「大人向き」

6月「敬老週間」

11月「困難の感覚について―わが創作体験」

 


1964年

1月「空の怪物アグイー」「アトミック・エイジの守護神」

2月「ブラジル風のポルトガル語」

8月「犬の世界」「飢えて死ぬ子供の前で文学は有効か?―サルトルをめぐる文学論争」『個人的な体験

10月ヒロシマ・ノート

 

 

1965年

3月「不幸なら手を拍こう―<期待される人間像>批判」

6月「沖縄の戦後世代」

8月「星形の庭園で」

 

 

1966年

1月「自己検閲の誘惑」

3月「狂気と自己救済」

9月「アメリカ旅行者の夢」

10月「記憶と想像力」

 

 

1967年

1月 万延元年のフットボール

11月「走れ、走りつづけよ」「同時性のフットボール」

12月「すべての日本人にとっての沖縄」「沖縄の嘆きと憤りを共有するために」

 

 

1968年

1月「生け贄男は必要か」「核基地に生きる日本人」

2月「狩猟で暮したわれらの先祖」

4月「政治的想像力と殺人者の想像力―われわれにとって金嬉老とはなにか?」「参院選は民意を反映したか―投票が権利放棄を意味するとき」

8月「原爆後の日本人の自己確認」「核時代の森の隠遁者」

10月「父よ、あなたはどこへゆくのか?」

11月「広津和郎氏追悼―知識人の死」

 

 

1969年

1月「核基地の直接民主主義」

2月「われらの狂気を生き延びる道を教えよ

3月「死者の怒りを共有することによって悼む」

7月「活字のむこうの暗闇」

8月沖縄ノート

11月「作家にとって社会とはなにか」

 

 

1970年

1月「地獄めぐり、再び」

7月『核時代の想像力

9月「文学者の沖縄責任」

12月「作家が小説を書こうとする……」

 

 

1971年

1月「再び持続する志」

3月「言葉と文体、眼と観察」

6月「復帰拒否者を想像せよ」「想像力の枷」

7月『原爆後の人間』「沖縄日記」

8月「表現の物質化と表現された人間の自立」

10月「みずから我が涙をぬぐいたまう日」「敗戦経験と状況71」

11月「死滅する鯨の代理人」

 


1972年

1月「再び日本が沖縄に属する」「同時代としての戦後」「悲劇の表現者」

3月「作家が異議申し立てを受ける」

6月「自殺について」「革命と死と文学」

7月「核時代の『悪霊』」

10月「月の男(ムーン・マン)」

11月「読書家ドン・キホーテ」「受身はよくない―いわゆる『戦後の終り』にむけて」

 

 

1973年

1月「書かれる言葉の創世記」「死者たち・最終のヴィジョンとわれら生き延びつづける者」

2月「状況へ」

3月「ほんとうの自由」

7月「言葉によって」

8月「消すことによって書く」

9月「書いたあとの想像力」『洪水はわが魂に及び 上』『洪水はわが魂に及び 下』

 

 

1974年

4月「ソルジェニーツィンを考える―追放について」

6月「『洪水はわが魂に及び』ノートより」

9月「この一年、そして明日」

 

 

1975年

1月「未来の文学者」

3月「『収容所群島』の文学的構造」

9月「表現された子供」

11月「にせの言葉を拒否する」

12月「全体を見る眼」「なぜ人間は文学をつくり出すか」

 

 

1976年

1月「諷刺、哄笑の想像力」「想像の原理としての想像力」

3月「道化と再生への想像力」

8月「ピンチランナー調書」「「人間」と滅亡を見つめて」

11月「眼量を放げられよ―毛沢東の死によせて」

 

 

1977年

2月「現代文学研究者になにを望むか」

6月「文学・その方法の総体」

7月「知的な協同作業と文学」

8月「イメージ分節化の方法―『ヴェニスに死す』による」

12月「知の世界の涯を旅する者」

 

 

1978年

1月「小林秀雄『本居宣長』を読む」

5月「文学と戦争体験ー地域性の力」

6月「発見された者として」

10月「『海上の道』解説」

12月「文学は戦後的批判を越えているか」

 

 

1979年

1月「想像する柳田国男」

2月「独裁者という鏡」

5月「小説の祝祭空間ー二つの周縁から」

6月「青年へ—中年ロビンソンの手紙」

8月「海外文学への同時性」「青年と世界モデル」

11月『同時代ゲーム』 「その「戦後」のひとつ」「ペシミズムの問題」「『思考の運命』解説」

  


1980年

1月「頭のいい「雨の木」」「子規はわれらの同時代人」

2月「身がわり山羊の反撃」「『芽むしり仔撃ち』裁判」

3月「同時代論の試み」

4月『方法を読む=大江健三郎文芸時評』

9月「反論理の水先案内人」

 

 

1981年

1月「宇宙のへりの鷲」「核時代の日本人とアイデンティティー」

2月「明日の被爆者」

4月「青年へのドストエフスキー」

6月「核シェルターの障害児」

10月「『優しさ』を不可能にするものと闘うために」

11月「『雨の木』を聴く女たち」「核状況のカナリア理論」

 


1982年

1月「『雨の木』の首吊り男」

3月「さかさまに立つ『雨の木』」

4月「小説のたくらみ、知の楽しみ」

5月「泳ぐ男ー水のなかの『雨の木』」『核の大火と『人間』の声』

6月「広島からオイロシマへ」

7月「無垢の歌、経験の歌」

9月「怒りの大気に冷たい嬰児が立ちあがって」

 


1983年

1月「落ちる、落ちる、叫びながら・・・」「蚤の幽霊」

3月「魂が星のように降って、跗骨のところへ」

4月「鎖につながれたる魂をして」

6月「新しい人よ眼ざめよ」

11月「河馬に噛まれる」

 


1984年

1月「揚げソーセージの食べ方」「グルート島のレントゲン画法」「核時代のユートピア」

3月「見せるだけの拷問」「生き方の定義―再び状況へ」

4月「日本現代のユマニスト渡辺一夫を読む」

5月「メヒコの大抜け穴」「もうひとり和泉式部が生まれた日」

8月「その山羊を野に」「『河馬の勇士』と愛らしいラベオ」

9月「『罪のゆるし』のあお草」

11月「いかに木を殺すか」

12月「『浅間山荘』のトリックスター」

 


1985年

2月「生き方の定義ー再び状況へ」

3月「河馬の昇天」

4月「小説のたくらみ、知の楽しみ」

6月「四万年前のタチアオイ」

9月「死に先だつ苦痛について」「サンタクルスの「広島週間」」

10月「生の連鎖に働く河馬」

12月「M/Tと森のフシギ物語」

 


1986年

1月「カーヴ湖居留地の『甘い草』」

3月「戦後文学から今日の窮境まで」

9月「戦後文学から新しい文化の理論を通過して」

12月「革命女性(レヴォリューショナリ・ウーマン)」

 

 

1987年

1月「ポスト戦後世代と正義」

9月「『明暗』の構造」「渡辺一夫の今日性」

10月『懐かしい年への手紙』「信仰を持たない者の祈り」

 

 

1988年

1月『新しい文学のために』「『最後の小説』」

5月「ベラックヮの十年」

7月「「癒し」、恢復と文学」

9月『キルプの軍団』「文学からリハビリテーションを考える」

10月「夢の師匠」 「日本の知識人」

5月「最後の小説」「ユートピア探し 物語探しー文学の未来に向けて」

 

 

1989年

1月「人生の親戚」

3月「マッチョの日系人」

7月「治療塔」

10月「日本の周縁とヨーロッパ」「アフリカへ、こちらの周縁から」

 


1990年

1月「治療塔(戯曲)」「ポストモダンの前、われわれはモダンだったのか?」

3月「案内人」

4月「静かな生活」

5月「この惑星の棄て子」

6月「自動人形の悪夢」

7月「小説の悲しみ」

8月「家としての日記」

10月「なぜフランクフルトに来たか?」

11月「オペラをつくる」

「恢復する家族」

「人生の習慣」

 

 

1991年

1月「宇宙大の「雨の木」」「考える書き方」「古典の経験」「ドイツと日本の同時代―多様性・経験・文学」

3月「小説の知恵」

7月「火をめぐらす鳥」

8月「井筒宇宙の周縁で―『超越のことば』井筒俊彦を読む」

11月『治療塔惑星』「「涙を流す人」の楡」

12月「ヒロシマの「生命の木」」

 

 

1992年

1月「僕が本当に若かった頃」

2月「マルゴ公妃のかくしつきスカート」

4月「茱萸の木の教え・序」

 

 

1993年

9月「燃えあがる緑の木 第一部 『救い主』が殴られるまで」

12月「新年の挨拶」

 

 

1994年

6月「燃えあがる緑の木 第二部 揺れ動く<ヴァシレーション>」

11月『小説の経験』

 

 

1995年

1月「あいまいな日本の私」

2月「希望と恐れとともに」

3月「燃えあがる緑の木 第三部 大いなる日に」

4月「群像特別編集 大江健三郎」

5月「日本人は年とともに改良されたか」「ギュンター・グラスとの往復書簡」「天皇が人間の声で話した日」「信仰する人たちもそうでない私らも」

7月「日本人はアジアで復権しうるのか」

8月「初心のファクス」

9月「大地は煙り、鳥たちの歌はない」「フランス傷だらけの実験」「核時代の節度と正義」「時代から主題をあたえられた」「平和への文化のために」

10月「異議申し立ての後の和解をこそ」

11月「日本語と創造性」

 

 

1996年

1月「日本の『私』からの手紙」

4月「ゆるやかな絆」「日本語と日本人の心」

     


1998年  

4月「私という小説家の作り方」

 

 

1999年

6月『宙返り 上』 『宙返り 下』 

 

 

2000年

12月「取り替え子」       

 

 

2001年  

6月『「自分の木」の下で』

7月「大江健三郎再発見」

11月「言い難き嘆きもて」「鎖国してはならない」

 

 

2002年

9月『憂い顔の童子』

11月「ヒロシマのオルフェ」(芥川也寸志作曲オペラのCD)

 

 

2003年

1月「二百年の子供」

5月「大江健三郎往復書簡 暴力に逆らって書く」

12月「『新しい人』の方へ」   

 

 

2004年

1月「同じ年に生まれて」

4月「IN*POCKET大江健三郎の50年」「読む表現」

10月「『話して考える』と『書いて考える』」

11月「『希求する』という言葉」

 


2005年

9月『さようなら、私の本よ!』       

 

 

2006年

11月「『伝える言葉』プラス」「ロリータ」ナボコフ作解説

12月「おかしな二人組み」スウード・カップル三部作

 

 

2007年

5月『大江健三郎 作家自身を語る』

7月「読む人間」

11月「美しいアナベル・リイ」

 

 

2009年

12月「水死」    

 

 

2012年

1月「晩年様式集 イン・レイト・スタイル」

7月「定義集」  

 

 

2015年

4月「文学の淵を渡る」

 

 

2018年

5月「書き終えた、すべてを小説に…大江健三郎さん 全集出版の感慨

7月『大江健三郎 柄谷行人 全対話 世界と日本と日本人

 

 

詳細

1954/09/ 「天の嘆き」

1955/09/ 「火山」

1956/09/ 「死人に口なし」

1956/09/ 「獣たちの声」

1957/05/ 「奇妙な仕事」

1957/08/ 「死者の奢り」

1957/09/ 「石膏マスク」

1957/10/ 「偽証の時」

1957/12/ 「動物倉庫」

1959/07/ 「ここより他の場所」

1959/08/ 「共同生活」

1959/11/ 「上機嫌」

1960/03/ 「後退青年研究所」

1960/04/ 「孤独な青年の休暇」

1969/01/ 「沖縄ノート プロローグ 死者の怒りを共有することによって悼む」

1969/06/ 「沖縄ノート Ⅰ 日本が沖縄に属する」

1969/07/ 「沖縄ノート Ⅱ 『八重山民謡誌』'69」

1969/08-09「沖縄ノート Ⅲ 多様性にむかって」

1969/10/ 「沖縄ノート Ⅳ 内なる琉球処分」

1969/11/  「沖縄ノート Ⅴ 苦が世」

1970/01/  「沖縄ノート Ⅵ 異議申し立てを受けつつ」

1970/02/  「沖縄ノート Ⅶ 戦後世代の持続」

1970/03/  「沖縄ノート Ⅷ 日本の民衆意識」

1970/04/  「沖縄ノート Ⅸ 「本土」は実在しない」

1970/06/  「青年へ—中年ロビンソンの手紙」

1970/08/  「青年と世界モデル」

1970/10/  「みずから我が涙をぬぐいたまう日」

1970/10/  「月の男(ムーン・マン)」

1972/01/  「悲劇の表現者」

1972/11/03「読書家ドン・キホーテ」

1973/03/30「ほんとうの自由」

1976/10/09「「人間」と滅亡を見つめて」

1977/12/10”知の世界の涯を旅する者”

1978/06/ 「発見された者として」

1978/10/16「『海上の道』解説」

1979/02/ 「独裁者という鏡」

1979/11/10「『思考の運命』解説」

1979/11/ 「その「戦後」のひとつ」

1979/11/ 「ペシミズムの問題」

1980/01/ 「頭のいい「雨の木」」

1980/01/ 「子規はわれらの同時代人」

1980/02/ 「身がわり山羊の反撃」

1980/02/ 「『芽むしり仔撃ち』裁判」

1980/03/ 「身がわり山羊の反撃」

1980/03/ 「同時代論の試み」

1980/03/ 「『芽むしり仔撃ち』裁判」

1980/04/ 「『芽むしり仔撃ち』裁判」

1980/09/ 「反論理の水先案内人」

1981/01/ 「宇宙のへりの鷲」

1981/01/ 「核時代の日本人とアイデンティティー」

1981/02/ 「明日の被爆者」

1981/04/ 「青年へのドストエフスキー」

1981/06/ 「核シェルターの障害児」

1981/06/ 「未来へ向けて回想する―自己解釈(十)」

1987/10/12『懐かしい年への手紙』

1988/01/20『新しい文学のために』

1988/05/ 「ベラックヮの十年」

1988/09/ 『キルプの軍団』

1988/10/ 「夢の師匠」

1991/01/ 「治療塔」

1991/07/ 「宇宙大の「雨の木」」

1991/07/ 「火をめぐらす鳥」

1991/11/ 「「涙を流す人」の楡」

1992/01/ 「僕が本当に若かった頃」

1992/02/ 「マルゴ公妃のかくしつきスカート」

1992/04/ 「茱萸の木の教え・序」

1995/02/04「希望と恐れとともに」

1995/05/01「日本人は年とともに改良されたか」

1995/05/01「ギュンター・グラスとの往復書簡 第一信(往)」

1995/05/02「ギュンター・グラスとの往復書簡 第一信(復)」

1995/05/07「天皇が人間の声で話した日」

1995/05/17「ギュンター・グラスとの往復書簡 第二信(往)」

1995/05/18「ギュンター・グラスとの往復書簡 第二信(復)」

1995/05/21「信仰する人たちもそうでない私らも」

1995/07/02「日本人はアジアで復権しうるのか」

1995/07/03「ギュンター・グラスとの往復書簡 第三信(往)」

1995/07/04「ギュンター・グラスとの往復書簡 第三信(復)」

1995/08/21「初心のファクス」

1995/09/04「大地は煙り、鳥たちの歌はない」

1995/09/06「フランス傷だらけの実験」

1995/09/11「平和への文化のために」

1995/09/14「時代から主題をあたえられた」

1995/09/16「ギュンター・グラスとの往復書簡 第四信(往)」

1995/09/17「ギュンター・グラスとの往復書簡 第四信(復)」

1995/09/27「核時代の節度と正義」

1995/10/13「異議申し立ての後の和解をこそ」

1995/11/26「日本語と創造性」

1996/01/22『日本の「私」からの手紙 後記』

1999/06/15『宙返り 上』 

1999/06/15『宙返り 下』 

2002/09/25『憂い顔の童子』

2007/05/30『大江健三郎 作家自身を語る』

2012/01/ 「晩年様式集 イン・レイト・スタイル 前口上として」

2012/02/ 「晩年様式集 イン・レイト・スタイル 余震の続くなかで」

2012/03/ 「晩年様式集 イン・レイト・スタイル 三人の女たちによる別の話(一)」

2012/04/ 「晩年様式集 イン・レイト・スタイル 空の怪物が降りて来る」

2012/06/ 「晩年様式集 イン・レイト・スタイル 三人の女たちによる別の話(二)」

2012/07/ 「晩年様式集 イン・レイト・スタイル アサが動き始める」

2012/08/ 「晩年様式集 イン・レイト・スタイル 三人の女たちによる別の話(三)」

2012/09/ 「晩年様式集 イン・レイト・スタイル サンチョ・パンサの灰毛驢馬」

2012/10/ 「晩年様式集 イン・レイト・スタイル 三人の女たちによる別の話(四)」

2012/11/ 「晩年様式集 イン・レイト・スタイル カタストロフィー委員会」

2012/12/ 「晩年様式集 イン・レイト・スタイル 死んだ者らの影が色濃くなる」

2013/01/ 「晩年様式集 イン・レイト・スタイル 「三人の女たち」がもう時はないと言い始める」

2013/03/ 「晩年様式集 イン・レイト・スタイル 溺死者を出したプレイ・チキン」

2013/04/ 「晩年様式集 イン・レイト・スタイル 魂たちの集まりに自殺者は加われるか?」

2013/06/ 「晩年様式集 イン・レイト・スタイル 五十年ぶりの「森のフシギ」の音楽」

2013/07/ 「晩年様式集 イン・レイト・スタイル 私は生き直すことができない。しかし私らは生き直すことができる。」